第22話 バレた飴細工

バレた飴細工

 7月25日


「いーさーとー!」


「あぁ…?」


 俺は飴に叩き起こされる。時刻を見るとまだ朝の5時で、俺はくるりと飴に背中を向けて布団を被る。


「伊聡!」


「まだ5時…」


「やー!伊聡いつも4時とかに起きてるって言ってたー!」


「あれは仕方なく…いつまでも寝れるんだから寝かせろ…」


 飴は諦めたのかそれ以上俺の体を揺するのをやめ、代わりに布団の中に入ってくる。


「狭い…」


「ふふっ、伊聡ー」


 俺はまたくるりと回って飴の方に向き直ると腕を回して抱きしめる。飴はそれに満足したようで、それ以上は何も言わずに静かにしていた。

 

 長年の習慣というものは怖いもので、嫌々やっていたのに身体はそれに慣れてしまったらしい。長く寝ようとするが、どうしても体がムズムズして結局俺は6時に起きる。


「伊聡おっはよー」


「おはよう、飴」


 俺が着替えているとご飯が出来たと悠鶴さんが来る。下に降りるとザ・和食という形で朝食が並べられていた。俺たちが食べていると老夫婦は何かを持ってくる。


「ほら、これ水筒。ああ、ちゃんと洗ってあるよ」

 

「え?」


「今日出かけるんだろう?悠鶴から聞いたよ。水分補給はしっかりねぇ」


「あ、ありがとうございます…」


 ここに来泊者は俺と飴2人だけだからなのか凄い手厚いサービスを受ける。俺と飴の分二つも水筒を用意してくれて、俺と飴はそれを持って外出の準備をする。相変わらず飴は長袖で足が見えない服を着ているが、老夫婦も何かを察しているらしく何も咎めはしない。 


「じゃあ行ってらっしゃい」


「はい!」


 飴は元気よく返事をして大きく手を振る。外に出ると流石は夏、かなり暑い。一瞬で滝のような汗が流れそうだが悠鶴さんは涼しい顔で何処かに向かう。俺たちもついて行くと、そこは寂れた駅だった。


「民宿から1番近い駅はここだ。ここから乗り換えれば都心の駅にも繋がるし何かと便利だから覚えておけ」


「へー」


 俺は念の為それをメモしておく。それが終わったことを確認した悠鶴さんはまたどこかへ向かう。


「タクシーを拾うとしたらここら辺」


「タクシーは呼べば来ますよ?」


 飴がスマホを見せると悠鶴さんは「じゃあ問題無いな」と一言言ってまた足を動かす。

 飴は気づいていないが、俺はこの案内の意味が分かった。



 もしも警察がここを突き止めて俺らを追い詰めたとき、すぐに逃げられるように経路を教えてくれているのだ。



 俺たちを捕まえるとしたら地元の警察だ。地理的知識はもちろん、体力も力も全然無いから敵わないだろう。ならばせめてと悠鶴さんは教えてくれているのだ。



「後、お前たちは変装した方がいいなぁ」


「変装?」


「警察から逃げてんだろ?なら変装くらいしろよ、そんな目立つ格好でよく声かけられなかったな」


 俺と飴は互いの姿を見る。今は帽子をかぶっているから分かりにくくなっているが、テレビをよく見る人は俺の顔を知っていると思うし、飴に至っては流麗月晶の娘と言われれば納得できる程の美貌を持っているため、普通にスカウトなどで声をかけられそうだ。


「メガネ買ったりウィッグ買ったり、ほら行くぞ」


 悠鶴さんはまた歩き出す。たまに休憩を挟みながらたどり着いたところは都心に近いデパート。あの場所よりもたくさんの人がいて、暑さも相まってクラクラと目眩がする。


「お前の髪は目立つなー」


 悠鶴さんは飴に話しかける。飴は自分の髪を弄りながらその理由を話す。


「お父さんに切られるんです、むしゃくしゃした時にハサミとか包丁でバッサリと。髪整えないのもなるべく切る面積を残しておく作戦なんですよ」


「へー、じゃあそれはわざとってことだ」


 悠鶴さんは感心の声を上げるが、もう流麗月晶が虐待をしていることにも、こんな事をしていることにも、最初から全てを知っていたように何も驚いていない。

 

 悠鶴さんは百均に来ると適当に何かを買えと言う。俺と飴はとりあえずメガネとかメイク用品とか、エクステとかカツラとかを買って会計する。飴は百均に来たのが初めてらしく、こんなに買ったのにこんなに安い値段で済んでしまうのかと驚いていた。いや、百均で三万以上使う奴がどこにいるかって話にもなるが。


「次は服と靴だ。行方不明者探す時はその時の格好を目印にして探すからな、なるべく多く買ってこまめに着替えた方がいい。荷物にもなるが、そしたら捨てたり何なりすればいいし」


「随分と献身的に教えてくれますね」


「これじゃあタバコ1ダースじゃ足りねぇかもなぁ」


「買ってきますよ」


「頼むぞ」


 ほんとにタバコだけでいいのか不安になるくら色んな事を教えてくれる。その人自身、何か過去にやらかして指名手配されてる人物なんじゃないか?そう思ってしまうほど知識が豊富だし頭がキレるのだ。


「別に服くらい好きなの買えよ」


 悠鶴さんが飴に話しかけると、飴は目を伏せる。


「だって、この体見せて歩くわけにもいかないし」


「どーせ人目から隠れて生きてくんだろ?気にすんな、坊ちゃんとも体重ねてるくせに」


 それを言われた飴は顔をリンゴのように真っ赤に染めた後、俺の背後に回ってアワアワしながら悠鶴さんを睨みつける。


「なっ、ななななっ、何で、きっ、昨日はしてないのにっ、馬鹿馬鹿馬鹿っ、こんなところで言わないでよっ、伊聡!?君か!?君が犯人なのか!?」


「何で俺が飴とヤッたって悠鶴さんにいちいち報告するんだよ」


「雰囲気で分かる。というか、追い詰められた時は大体そういうのに手ェ出しちまうのがオチだしな。気にすんな、俺の初体験は15だ」


「「えっ」」


 嘘が本当か分からない爆弾を落としていった悠鶴さんは待っていると一言言い残して出て行ってしまう。俺と飴はそれに気を取られて服を選ぶ事なんて頭からすっぽ抜けて、とりあえずサイズの合う服をドンドン放り込んで会計を済ました。この会計も飴が全て払ってくれて、かなりの金額だったが飴はいつもよりも安く済んだと笑っていた。


「おー買ったなー、靴見るけど金足りるか?」


「議員と俳優の息子娘を舐めないでいただきたい」


「俺はもう金ねぇけど」


「私がある。私はお金担当で、伊聡は計画担当」


「どっちでもいいが、ほら靴買うぞー」


 靴は逃げられるように運動靴が良いと指摘を受け、運動靴を中心に買った。ただ、それだけじゃ寂しいと飴は自分が気に入ったサンダルやブーツを何個か買い、満足そうに袋を持っていた。かなりの量を買い込んだがまだまだお金には余裕がある。そもそもの話、俺と飴がこれから働かなくても遊んで生きてけるような金額が俺らにはあるのだ。


「なんか食うかー?それくらい俺が出すぞー」


「お菓子!」


「昼飯のことを聞いたんだが」


「だって量多いし、食べるならお婆様の料理が良い」


「ワガママ姫が。ここにあるもので」


「飴、じゃあ一緒に食べよう。何が良い?」


「私ジャンキーフード?食べてみた~い!」


「ジャンクフードな」


 悠鶴さんが流れるように訂正し、俺たちは人気チェーン店で注文する。頼んだ料理はそこそこの量で、悠鶴さんはデカいハンバーガー3つを頼んでそれをペロリと完食していた。飴はやはり全てを食べきれなくて俺が残りを食べたが、飴はそれだけで満足なのかずっとニコニコとしていた。


「帰ったら早速荷物整理して荷造りしちまえよ」


「えー」


「いつ此処が割られるか分からねぇからな」


 飴は不満の声を上げるが悠鶴さんの言葉は正しい。ただでさえ俺たちは危ないのにこんな呑気に買い物する暇なんて本当は無いのだ。

 俺たちがもう帰ろうと荷物を持った時、フードコートのテレビが一斉に同じ画面に切り替わる。


〈速報です、つい先程、俳優の流麗月  晶さんの自宅で本人と思われる血痕を発見したとのことです。警察は数日前から姿を見ないと連絡を受け家に押し入ったところ、その血痕を見つけたとのことです。周りには消臭剤と防臭剤が置かれており、警察は事件として捜査を進めています〉


 俺と飴はそれに目を奪われる。悠鶴さんはそのニュースを見て俺らに視線を移す。


「ああ、やっぱりそういうこと」


 それだけ言って、悠鶴さんはいつも通り俺たちを案内する。帰っている途中、悠鶴さんは口を開く。


「だめだろー、消臭剤なんか置きっぱで来たらー。せめて血痕を隠すとかさー、まっ、これからはニュースをこまめに見るんだな」


 悠鶴さんは分かっていたらしく、自分の感想を言うだけで特に俺らに何も聞かずに、またあの民宿に連れ戻した。



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