第11話 両思いの飴細工
両思いの飴細工
「おい飴」
放課後、誰もいない教室で俺は不機嫌な声で飴に話しかける。みんなは自分の欲望を叶えるためにそそくさと勉強道具を纏めて家に帰ってしまった。
窓から外を見ていた飴はゆらりと瞳だけをこちらに動かしてゆったりと口を開く。
「なぁに、伊聡君」
「お前、今日のやつどういうことだよ。教師に言われたのか?」
「いや、自分の考えで、自分の意思でやった」
「はぁ?」
「だって、伊聡君良い得点取らないとダメなんでしょ?また、殴られて蹴られちゃう。私のせいで、痛い思いして欲しくないの」
その様子だと嘘では無いようだ。俺のためにあんなことをみんなの前で言ったのか。それは俺が悪い。俺が悪いのだが、それでも理不尽な怒りは収まらない。
「もう戻れないんだぞ。本当に、何でもされるぞ」
「良いよ」
「良くない!!」
俺は感情に任せて叫び、飴の肩を掴んで真正面からぶつかる。
「女子はまだ良い、問題は男子だ!アイツらは絶対お前に色んなこと要求するぞ!付き合ってとか、ヤリたいとか、結婚してとか!絶対言われるぞ!」
「…?やりたいって?何を?付き合うのと結婚は分かるけど、やりたいって何?」
俺は飴の肩から手を下ろして頭をグシャグシャと抱えその場に蹲る。そうだ、飴は常識が抜けてるところがあるんだった。
「………だから、そういう行為。恋人同士がやるような」
「キスとか?」
「それ以上」
「?」
「だから!せ、性、行為とか、」
「……………ああ、前の学校でも頼まれたな。思い出した」
「は!?」
衝撃的な告白に俺は思わず立ち上がる。
「確かに、その時もヤらせてって言われたな。理解したよ、こういう事なんだね。学んだよ。今度は忘れない」
「いやだから、は?ヤ、ヤったのか……?」
「やってないよ。それはちゃんとした関係を持ってからやるってことは知ってたし、その場はお金渡して切り抜けた」
「はぁ………」
俺は安堵と同時に不安に駆られる。そりゃそうだ。こんなに美人なんだからそういうのに巻き込まれない方がおかしい。いつ飴が襲われても不思議ではないのだ。そんな状況を作ってしまう、作れてしまうのが流麗月飴なのだ。
そんな狂気的な魅力を持つ本人は呑気に俺に尋ねる。
「何でみんな私とやりたがるの?そんな関係じゃないのに」
「そんな関係になれないから一抹の望みをかけて言うんだよ」
「絶対断られるのに?」
「脅しでも何でもしてお前とヤりたいんだよ、世の中の男は。特に、高校生だとそういうのが一気に増える。性に詳しくなって、興味も出てくるしその処理の方法とか性行為の方法も知ってくるからな」
「ふーん。伊聡君は?」
「は?」
「私と、やりたい?」
「俺は…」
一応考えてみる。飴のことは好きだが、そういうのをシたいかと言われたら即答出来ない。別にシなくてもいい。シたい訳じゃないし、強要する理由がない。
ただ、俺以外のやつとヤってるのを想像してみると、何だか何とも言えない感情に襲われる。嫌悪感だったり、殺意とか、怒りとか、憎しみとか。
トータルすると、正の感情ではなく、負の感情だ。それらを踏まえると、俺は飴としたい訳ではないが誰かに取られるくらいならしてしまいたい、ということになる。めんどくさい奴だな、俺。付き合っても無いのに。まぁそれはみんな同じか。俺は無理矢理話をまとめて嫌なことに目を瞑る。
「………どうだろう。シたい訳じゃない、けど、シたい」
「どっち?」
「どっちつかず」
「ふーん。私はするなら伊聡君が良いなぁ」
「…………は?」
俺は聞き間違いかと思い疑問の声を上げる。飴は俺の側に来て色めかしい表情で言う。
「私は伊聡君が好きだからね」
「…………だから、それは、」
「本当だよ、本当に好きだよ、伊聡君。嘘じゃ無い」
ああ、嘘では無いだろう。しかし、飴は恋愛と親愛の区別がついていないのだ。その感覚で一線を超えてしまっては一生の後悔が付きまとう。飴も、俺も。だから慎重に物事を進めなければいけないのに、飴はこんな大胆な行動に出て、何を考えているんだ。俺は自分の意思を真っ直ぐに伝える。
「俺だって、飴が好きだ。だからこそ、飴には自分を大切にしてほしい。俺なんかに構わず」
「私のこと好きなの?」
「ああ」
好きなのは違いない。ただ、飴とは種類が違うだけ。それを聞いた飴はえへへと嬉しそうに笑う。
「伊聡君と両思いだー」
「そうだな」
「えへへ、嬉しい、すっごく嬉しい」
飴がクルクルとその場に回ると、スカートが翻って足のアザと傷が見え隠れする。その花が急に俺を辛い現実に引き戻す。
「伊聡君、君は一位になったら何を望むの?」
「…………考え中」
「そっか。考えといてね」
「ああ」
その後俺たちは今日の他愛話をし、いつもよりも早く切り上げて俺は学校を後にした。
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