第6話 謝る飴細工

 放課後、俺はみんなが居なくなるまで今日の授業の復習をしながらクラスに残っていた。しかし、ソイツはいつまでも残っていた。


「流麗月さん帰らないの?」


 俺を誘ったクラスメイトの1人が話しかけると、ソイツはゆったりと視線を移す。


「居ない方がいい?」


「え?ま、まぁ…。その、コイツと話したいし」


コイツと言うのは俺だ。それを聞いたソイツは素直に席を立ち、この教室を去っていた。

 誰も居なくなったところで俺はみんなに話しかけられる。


「御石」


「何」


 すると急に胸ぐらを掴まれて立ち上がらされ、机の上に置いてあった勉強道具全部を床にばら撒かれる。多分今のでシャー芯が折れた。ほら、折れたシャー芯の芯が転がって行った。


「お前、今日のどういう事だよ」


 やはり、その話か。


「今日のって?」


 シラを切って口にすれば、相手の眉と目が吊り上がる。相手は鬼の様な形相で俺に低い怒鳴り声を当たり散らすが、俺の父の方が威圧感もあるしどうって事はない。


「だから!流麗月のことだよ!あんなみんなの前で流麗月が飲んだ缶に口付けて!」


「アイツが飲めないって言ったから」


「はぁ!?いつの間にあんなに仲良くなってんだよ」


「仲良くない。話も合わないって言ってるだろ」


「ふざけんな!!」


 体を押され、ガタンと後ろの椅子と机に体が当たる。俺はただ黙っているだけだ。


「何とか言えよ」


「何を?」


「チッ!それがムカつくんだよ!!」


俺はバシンと叩かれる。父よりも少し痛いが、それだけだ。もう慣れてる痛みが頬に走る。


「お前ら、流麗月のことが好きなのか」


「は?」


「美人だし、みんな好きだろ。俺は手を出すつもりはないから勝手にしてくれ。このことは誰にも言わない」


 俺が落ちた勉強道具を拾おうとすると、首根っこを掴まれて顔面を床に押し付けられる。ああこれ、昨日の父と同じ感じだなと呑気に考える。


「お前、調子乗るなよ。議員の息子で、頭も良くて、金もあって、環境も良くて、全部全部人生勝ち組で、イージーモードで、それでみんなみんな見下して」


「見下してなんかない」


「黙れ!お前は気づいてないだけだ!無意識に、俺らを見下して!!」


 俺は乱暴に頭を掴まれて顔をグッと上げさせられる。痛い、頭皮が痛い。

 殴られるかな、蹴られるかな。顎に入ったら痛いなぁ、舌噛まないようにちゃんと食いしばっておかないと。高校男子はそれなりに力も強いし、コイツらは確か運動部だから余計に強そうだよな。そんなことばかりが頭を占めて、コイツらの言葉なんか一ミリも入ってこない。



 俺の最優先事項は、生き残ることだ。どんなに醜く、無様であっても。



 クラスメイトたちは俺の顔面に蹴りを入れる。ちゃんと食いしばっていたが、鼻の方はどうにもできなくて鼻血が出る。


「はっ、コイツ鼻血出したぜ」


「床ちゃんと拭いとけよ」


 拭くなら早く解放してほしい。乾く前に拭かないと面倒だから。いくつか蹴りをもらったところで、相手は満足したのだろう。蹴りが止み、俺を愉快な、嘲笑う様な目で見下ろしている。


「誰かに言ったら容赦しねぇからな!」


ありきたりな捨て台詞を貰ったところで、アイツらは教室を軽い足取りで去って行く。

 俺は今度こそ床に散らばった勉強道具を片付けようとする。すると、スルリと白の細い手が伸びてくる。俺は思わず顔を上げると、そこには髪を押さえながら俺の勉強道具を拾おうとしているソイツがいた。ソイツは足音も何も立てずに静かにここにきたという訳だ。俺は音に敏感だ。なのに気づかなかった。テストの朝の日もそうだった。何なんだコイツは。忍者か何かなのか?


「お前、」


「ごめんね」


何故かソイツは謝る。驚きで動けない俺に代わり、全ての勉強道具を拾って俺の机の上に置く。  


「何で、いるんだよ」


「ずっといたの」


ソイツは立って俺の額に冷たい何かを当てる。見てみると、俺がいつも飲んでるエナジードリンクだった。


「声も、聞こえてた。少し見えて、ずっと見てた。ごめんね、助けられなくて。私のせいなのに」


「……お前のせいじゃない。全部、俺たちのせいだ」


 そう、全部俺たちのせいなのだ。勝手に行動して、迷惑をかけた。本当に謝るべきは、俺なのだ。


 俺はエナジードリンクを受け取り机の上に置く。

 さて、これからどうしようか。今から帰れば殴られはしないだろう。多分。

 でもこの傷で帰ると何か言われそうだ。俺は流れてくる鼻血を拭う。少し顔も腫れてきた気がする。くそ、顔じゃなければどうにも出来たのに。今から保健室に行くか?しかし何かと聞かれたら面倒だ。面倒事は起こしたくない。

 

「傷、酷いね」


「別にこんくらい…」


「そうだな、じゃあ私の家来て」


「は?良いのかよ」


「君は特別」


口元に人差し指を立てて言うその姿があまりにも色っぽくて、俺は息を忘れて目を見開く。ソイツはそんなの気にせずに俺に柔らかいお高めなティッシュを差し出した後床の鼻血を全て拭き取ると、ソイツは俺の手を引いて教室を後にする。

 校門を抜けて少し歩いた後、ソイツはタクシーを呼ぶとタクシーはすぐに来て俺たち2人を乗せる。


「おや、今日は友人も一緒ですか。珍しいですね」


「なるべく早くお願いできますか?」


「分かりました」


ソイツと運転手のやりとりの間に俺は財布の中身を確認するが、その手を止められる。


「私が言ったの。私が全部払うよ」


「でも、」


「良いの」



 その言葉を最後に、俺らは目的地に着くまで無言だった。

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