第七章:そして、YESは問い直される


五条真人(ごじょう・まさと)は、逮捕されなかった。

むしろ彼の告発と協力により、詐欺組織の全貌が暴かれ、社会は震撼した。

だが彼が得たのは「無罪」ではなく、「過去と向き合う義務」だった。



YESの王、裁判に立つ


五条は証人として、東京地裁の法廷に立った。

久我の裁判の場で、五条はすべてを語った。


・YESでどんな依頼にも応えた過去

・人の弱みにつけこんだ詐欺

・人間関係の崩壊

・「YESだけの人生」で喪ったもの


傍聴席には冴子がいた。

黙って、ただ彼を見つめていた。


五条は涙をこらえながら、最後にこう言った。


「YESは、相手を信じる行為だと、かつては思っていました。

でも今は違う。YESは、誰かの心を背負うことなんです。

それを知るために、俺は間違え続けてきました」



再出発と赦し


裁判後、五条は「YES依存症」についての講演を全国で行い始める。

“NOと言えない人たち”がどれだけ苦しんでいるか。

自分の過去がどれだけ他人の人生を歪めたか。


かつてYESで人生を踏みにじられた人々と、真摯に向き合い、対話を重ねた。


冴子は言った。


「YESは、生きるための武器でもある。

でもそれは、“正直なYES”でなければ、誰かを殺す毒になる」



YESという問い


五条は、最後に一冊の本を出す。

タイトルはこうだった。


『NOから始めるYESの哲学』


本の中で彼は、YESという言葉の持つ「優しさ」と「危うさ」について語る。

• YESは、自分を裏切るための道具になってはいけない

• YESは、他人を操る魔法になってはいけない

• YESは、選んでこそ意味がある


そしてこう記した。


「YESとは、相手への贈り物であり、自分自身への問いかけでもある。

真に意味あるYESとは、“NOを知っている人間”が選んだYESだ」



エピローグ:そして、彼は


五条は、講演の後、静かに公園のベンチに座っていた。

一人の少年が近づいてきて、尋ねる。


「なんで大人って、YESって言いたがるの?」


五条は笑って、こう答えた。


「たぶんね、愛されたいからだよ。

でも本当に大切なのは、“NOって言っても、そばにいてくれる人”を見つけることだ」


少年は「ふーん」と言って、走っていった。

蝉の声が遠くで鳴いていた。


──YESから始まり、YESに終わらなかった男の物語。

それでも彼は、今日も問われ続ける。


「それ、YESですか?」


彼は今日も、自分の中に問い続けている。



小説『YESの地獄(イエス・ヘル)』 完

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『YESの地獄(イエス・ヘル)』 稲佐オサム @INASAOSAMU

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