第18話紙は大事と存じます

 ものを珍重するという文化が絶えて久しい。世の中はミニマリストブーム一色だし、ものはすぐに手放し、人間関係も都合が悪くなれば切り、会社さえも退職代行の電話一本で辞めてしまう。

 そうした社会にあって、盛んに「自分を大事にする」「日本人ファースト」ということが言われるようになった。

 両者はおそらく不可分な関係にあって、ものを粗末に扱うことは、他者の尊厳はおろか、ひいては自らの命も顧みないことにつながっているのではないかと思う。

 そういうことを考えるようになったのは、自分自身が紙を重宝するようになってからのことで、ものが飽和した今の時代に紙をありがたがるというのは一見奇異に見えるかもしれない。

 だが、紙の販売数は落ち込んでおり、私の愛用するロルバーンノートもだんだん値上げの波に乗るようになり、紙の本の価格もどんどん高くなっている。

 紙はそこらじゅうにありふれたものでありながらも、実際にはその価値は高くなっている。

 そうしたこともあって、私は日々紙の資料や、卓上カレンダーに手帳、手持ちで余らせていた一筆箋などをフル活用しながら創作を行ったり、予定の管理をしたりしているのだが、そうしてともすればごみとなってしまう紙などを、少しでもヒントになりそうだと思えばイメージボードに貼るようになって、いわば「紙の世話」や「手入れ」に時間を割くようになった。

 私は愛猫を飼っていて、彼女のケアを日々行っている。愛猫に時間や心を割いて世話をするのは当然のことだが、紙は無生物だ。裂いたり切ったりしたところで悲鳴を上げたりはしないし、ごみ箱に捨てたところで多くの人にとっては良心の呵責が生じるものでもないだろう。

 だがそれらを重んじて、使い終えた一筆箋はノートに貼ってライフログとして活用したり、マスキングテープの気に入った柄のパッケージの台紙をスクラップブックなどに貼っていると、自分自身が愛猫のみならず、紙に対しても愛着を持っているのだなと感じる。

 そうして無生物であっても自分とは異なるものを大切に扱っていると、日々希死念慮に苛まれる自らの命をも、決して粗末に扱ってはならない、と初めて気づく。

 これはいくら精神科医YouTuberが声を大にして「あなたの命は大切です」と語ったところで、何ら響くものではなかった私にとって一つの発見でもあった。

 ものを粗末にするなとは昔の言葉に過ぎない、とかつての私は心のどこかで思っていた。食べるに事欠くわけでもなく、着るものに困っているわけでもない。紙など廉価なものだし、いくらでも手に入るのだから、なおさらのことで、今ひとつその言葉が実感をもって迫ってこなかったのだった。

 しかし、今となってはSEKIROの若水の御子の言葉を借りるならば、「紙は大事と存じます」とでも言えばいいだろうか。

 それもまた自己愛の延長に過ぎないと断じてしまえばそれまでなのかもしれないが、少なくとも発端にあるのは紙という無生物に手間をかけることでもあり、自己愛はその帰結に過ぎない。

 人間というものはそもそも群れをなす生き物であって、自らのみを愛せるようにできてはいないのだ。

 希死念慮に苛まれ、眠れぬ夜を過ごす日々を送っておられる方がいるのであれば、自らの身の回りに目を向けて、少しでも大事だと思えそうなものを見つけてみるといい。それらがひいてはあなた自身を生かすことにもつながっていくかもしれない。


作業用BGM:Flying Lotus/Yasuke

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