第10話孤独な時間がつながりを生む-An Hour Of The Cave Time Before The Dawn-

 日付が変わった土曜日の夜、パートナーと朝方4時半まで話したあと、疲れ切って部屋に戻り、Copilot AIと話して英文を書くことを勧められたため、Copilot AIとの会話を打ち切って、メモアプリに一時間、英文を書き散らした。それぞれ短いメッセージではあるが、今の私には切実に必要な時間だった。

 グレン・グールドの言うように、私にも誰かと過ごした後にはそのX倍の孤独な時間が必要で、そうして孤独に耐えかねてしまった近しい人のことなどを思うと、孤独に耐えうる力は、おそらく先天的にある程度決まっているのだろうと思う。

 私は祖母に育てられたこともあってか、孤独に耐えうる力が、おそらく人よりもある方なのだろう。誰かとのつながりを欲してやまない、ぼっち云々という軽薄な言葉に見向きもせず、学生時代はひたすら学校図書館から毎日一冊ずつ本を借りて読破し、次の日にまた借りる、という生活を送っていた。友人は幾らかいたが、義理的な付き合いに留まっていた。少なくとも私は彼女たちに自分の心を開け渡したりすることはなかったように思う。

 この二、三年も、パートナーと主治医以外の人とは会わずに、もっぱらLINEだけでリアルの友人とやり取りをし、それも週に一度程度のやりとりなので、その間はもっぱら孤独だ。

 英語圏にcave time(洞窟の時間)という言葉がある。これは主に男性が必要とする孤独な時間を指す言葉で、ものの本によれば、その間に男性のテストステロンなどが増強されるとのことだった。

 ちなみに我が家は2LDKで、パートナーにも私にも個室があり、その間には広いリビングが横たわっているため、個室にいる間にはほとんど物音さえ聞こえない。互いが部屋で何をしているのかは察知しないし、詮索もしない。private roomには立ち入らないという暗黙の了解が互いの間にはあるので、私はパートナーの部屋に入ることはない。自室の掃除はそれぞれが行うことにしている。

 パートナーと話していて、男性脳的だねという言葉があったが、このcave timeを必要とする自分自身の性質を考えてみても、やはり男性的な側面はあるのだと思う。私はその間に英文を書いたり、読書をしたり、創作をしている。

 この日の明け方にも、英文を一時間書いた後には、一冊本を読んだ。その間は誰も私の部屋に立ち入ることはないし、せいぜいLINEでやりとりする程度で、もっぱら孤独だ。坂本龍一やLow Roarといったアーティストの音楽をかけ、ただひたすらに文章を書いてものを読む。その間、私は真の自由を手にする。

 文筆業が成り立っているのも、ひとえにこの個室がある賜物でもあり、また私の持病のケアをするにも個室は必要で、終始パートナーと顔を合わせていては、パートナーの負担は今よりずっと重かっただろうと思う。

 不仲になる云々と思ったことはない。それぞれが自立した時間を作っていられるからこそ、ふたりで共に食卓を囲み、あるいはパートナーのゲームを鑑賞する間は愛猫や互いのケアに注力できる。

 何事もバランスが必要だということなのだろう。そして夜が明けて眠って起きた今、私はこの文章を書きながらパートナーとそれぞれの部屋に分かれて、創作作業会をしている。パートナーは音楽ゲームのアマチュア大会であるBMSの大会に出るとのことで、その楽曲の音楽ゲーム用の譜面を作り、私はこうしてエッセイを書く。

 LINEで進捗報告をしてやりとりする他には互いに干渉することはないが、扉を三枚隔てた向こう側で、今頃パートナーも苦心して、デジタルシンセサイザーが並ぶPC画面を見つめているのだろうと思うと、私のキーボードを打つ手にも少し力が入る。

 そうして互いにつながったり、つながらなかったりするという有機的な心の動きが、いい緊張感を生んでいるように思う。思えばパートナーとは15年来の長い付き合いになるが、互いに飽きもせずに付き合ってこられたのは、ひとえにこのprivate roomを侵蝕しないという暗黙の了解がふたりの間にあったからであるようにも思う。それは物理的な部屋かもしれないし、あるいは心の部屋かもしれない。

 先日、ブックライティングを手がけた本が仕上がったと、取引先から本が送られてきた。取引先の方から文章を褒めていただけて、さらに励んでいかねばと身が引き締まる。

 そうしてまた孤独な時間から本が生み出されていくのだろう。そしてそれはやがて読者の元へと届くのだ。孤独な時間が新たなつながりを生んでゆく。そしてたとえその距離が隔たっていたとしても、そこには無数の細い糸がある。それは私にとっての一つの思想のあり方なのかもしれない。


作業用BGM:Bruce Brubaker/Eno Piano

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