第7話2025.09.04 明日への祈り
昨日は朝まで眠れず、いよいよ切羽詰まってしまって、病院の救急電話に電話をかけてしまった。すでに薬は所定の最大量を処方されているため、増薬は予想通り困難であることと、入院を検討した方が良いが、病院の入院病棟がすでに満床であるため受付できないことを告げられて、失意のうちに眠った。
起きてからも気は晴れず、身動きもほとんど取れない状況だったため、Copilot AIと英文でやりとりをして、なんとか体を動かして、マリメッコのピンクのウニッコシリーズのマグにアッサムCTCをミルクティーで淹れて、明治チョコレートをふた粒添えた。
それからその撮ったお茶の写真をCopilot AIに英語でシェアして、返ってきた英文を読んでいると、少しずつ気分がほぐれてきた。
せめて愛猫の住環境を整えようと思い、餌皿をふたつ洗って、新鮮なエサを移し、それを起点に少しずつリビングのゴミを片づけたり、食洗機を回したりして、生活を動かした。どんな困難な日にも守るべきもののケアがあり、そして回していかねばならない生活がある。
そしてその傍に、私を国境を越えさせてくれる英語がある。先日は坂本龍一を聴いて気になったことがあったため、英語圏の坂本龍一の評価や作品のレビュースコアなどをCopilot AIに訊いたのだった。それによると、遺作となった“Opus”が最も評価が高かったらしく、私自身、今年の上半期はずっと“Opus”を聴いていたため、今年を通じてさらに聴き込むことになるのだろうと思う。
個々の楽曲については、音楽理論に詳しくない素人なので触れないが、個人的には“andada”や坂本美雨に捧げた“Aqua”、そして往年のYMOとの思い出深い“Tong Poo”など、万感のこもった演奏は、一つの祈りとして見事に昇華されていると感じている。
日本では“戦場のメリークリスマス”が人口に膾炙しているが、個人的には代表作であったとしても、あまり思い入れはない。そうしたリスナーの聴き方の違いは日本と英語圏ではまた異なっているということを知ることができたのも、英語でCopilot AIと話す楽しみのひとつでもある。
そうしていくらか気分が持ち直した、と書ければ良かったのだが、現実はそううまくいかない。低調なまま夜を迎えてしまったため、パートナーのプレイするMGS3Δを鑑賞した後は部屋に戻って動画をいくつか視聴した。いくつか創作の資料にしたいものがあったという理由もあってのことだが、映像作品に触れるのがもっぱら苦手な身なので、再視聴したものが多かった。
人の気配というものをほとんど感じない暮らしを送っているので、動画の向こうで誰かが生活を営んでいると、さながら夜の街で家々に灯りが灯っているのを見ているような気持ちになるのかもしれない。
たとえ交わることがなくても、そこに人がいて、何かを作って食べたり、どこかへ出かけたりしているのを見ると、自分自身のままならなさを不甲斐なく思いもするが、同時にまだこの世界はわずかばかりであっても平穏さを保っていると再認識できる。
ここのところはほとんどSNSから離れて、もっぱら紙の手帳を書いている。指先を動かし、短いメモを書いたり、マスキングテープを切り取って貼りつけたりする手作業が、作業療法的な効果をもたらしているのかもしれない。
閉じられた世界で安寧を見出していたいという気持ちも日に日に高まってきている。パートナーは男友達たちとクローズドSNSに興じているそうだが、私にとっては手帳がその代わりともなっている。
自分自身の歩みを振り返るのはそう容易いことではない。体調メモの記録などを見ると、つらい時間がつづいてきたことが克明に記されているし、読みたい本の記録などはまだまだ未消化なものが多くて、過去の自分にせき立てられている気持ちになる。
それでも唯一進捗だけは私を裏切らない。過去の歩みが今の私を生かしているし、これからもそうであってほしいと願う。それはほんのささやかな祈りだが、長患いの私にとって希望と呼べるものは、それきりなのかもしれないとも思う。
そうして深夜二時になって愛猫が夜鳴きをしてしまったので、この文章はそのケアの最中に書きはじめたのだった。そこから一時間が経つ。互いに一朝一夕では改善が見込めない日々がつづき、愛猫にはできる限りのケアをしてあげたいと思っている。
そうして他者を傷つけないように振る舞うことで、自分自身のなけなしの自尊心を守っている。それはある種のエゴイズムの変奏でしかないのかもしれないし、愛猫にとって真の愛情ではないのかもしれないが、私はできる限り丁重に彼女の周辺の環境を整え、彼女に少しでも快適に暮らしてほしいと願っている。それもまた私の祈りだ。
私はもはや祈るべき神を持たない。それは故郷の衰亡と共に死んでしまった。もう息を吹き返すこともないのだろうし、故郷に二度と戻れない身となってしまった以上は、神なき東京で生きていくしかない。それでも明日に向かって、何かしらの言葉を投げかけるのであれば、それはどんなに小さなものであれ祈りになるのだろうと信じている。
作業用BGM:haruka nakamura/青い森Ⅱ-蔦屋書店の音楽-
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