第4話通院と傷を語ること、近作の創作百合SF「今夜、記憶を溶かす踊りを、あなたと」について
月初に夜間救急の電話に電話したところ、早めに受診するようにと当直医の先生に諭されたため、予約を変更して、前倒しで水曜日にマルキパレスを受診した。
主治医は言葉数が極端に少ない人なので、いつも私はメモに長々と文章を連ねて、それを読み上げる形で診察を受ける。ただこの時は著しく調子が悪く、体調のメモをつけているメモアプリのログをさかのぼる気力もなかったため、Copilot AIと対話を重ねつつ、要約して箇条書きにしてメモを携えていくことにした。
時勢のことなどをあれこれと話すうちに、詳細は伏せるが、トラウマについて語ることになり、主治医もまた相変わらず言葉少なではあったものの、自身の傷についてこぼす場面があり、その痛みを分かち合った瞬間が、今も心に残っている。
人の傷に触れることは苦しい。たとえそれが些細なものに思われたとしても、その時目にしたもの、そしてその後の行動に至るまでの気持ちを思うと、やりきれない気持ちも残ると同時に、主治医は主治医なりに私に寄り添おうとしてくださったのだ、とも思う。
軽々に扱える話ではないため、詳細は書けないが、ただそうして共に傷を語れる場をやはり私は求めていたのだなと実感したのだった。
無論、主治医は患者ではないし、治療者だという前提はあるのかもしれないが、私はその職業的な役割について、そこまで相手に対して求めすぎるところはない。薬の意思決定についてもインフォームドコンセントを元に、合意形成を行ってから処方の量を調整していただいているし、自分自身も服薬については用法容量を守っている。
そうして地道に信頼関係を築いていくしかないのだろいうということは、長い闘病歴の中でわかっているし、その形成には年単位の時間が必要なこともまた承知している。
そうして傷というものを語る場に月一で通っていることは、私自身の創作とも不可分な関係にあるのだろう。
先日書いた創作百合SF「今夜、記憶を溶かす踊りを、あなたと」には、受診時とはまた違った形の傷を織り込んだ。こちらも詳細については触れないが、バイセクシャルというアイデンティティが持たざるを得ないさまざまな傷の形のひとつの表象を描きたかったのだと思う。
作中に登場するヒロインは女性という設定にしたものの、少しボーイッシュな要素が残っているのは、途中まではノンバイナリーとして書いていたからで、女性に寄せるか、ノンバイナリーとして書くか、ずいぶんと迷った。
結果的に女性という形にはしたものの、それで良かったのだろうかとも思う。まだ描ききれない傷がたしかにそこにある。それを語るには、まだ時間が必要なのだろう。今の私にはまだ扱いきれないのだと思う。
相手役のていねいな暮らし系お嬢様のレアナは、『天然生活』『暮しの手帖』を意識したキャラクターに仕立てた。
“「こんなものじゃどうしようもないでしょうけれど、あなたときたら、まともに固形物を食べようとしないんですもの。代替乳を利用したラクトアイスなら冷凍庫に眠っているでしょうし、コーヒーはあなたの好物でカプセルが山積みになっているでしょう。まだ開封していない箱がどれだけあるか、数えたことはあって?」
あなたはわたしをその美しい紫色の瞳で睨みつけ、絹のような金の巻毛をかき上げて、手早くエプロンを纏う。
その服の型紙もまた雑誌に掲載されていたもので、あなたが手ずから作ったものだった。3Dプリンターにデータを送ればすぐさまにでも生成されるものを、あなたはリネンのエプロンでないとと言って憚らなかった。
この化繊の廉価な服ばかりが氾濫する世の中にあって、あなたは古風な意匠の服を好み、手先の器用さを活かして、ジャンクとなって久しいミシンをかつての電気街で購ったと聞いた。”──雨伽詩音「今夜、記憶を溶かす踊りを、あなたと」
自分自身がそうした雑誌を愛読しているからという理由もあるが、ここにもジェンダーの勾配があることはたしかで、その批判は甘んじて受けなくてはならないだろうと思う。
私の異性のパートナーは『暮しの手帖』の愛読者だが、今度はそうした男性像を描いてみるのも、新たな創作の扉が開きそうだ。
私がジェンダーの勾配を自覚しながらも、同時に『天然生活』『暮しの手帖』を読む女性を描きたかったのは、自分自身が実母からほとんど家事を習うことなく入籍して主婦業に勤しむことになったこと、そして実母が『暮しの手帖』の一コーナーである『すてきなあなたに』の単行本をいくつも持っていたことが挙げられる。
世代にわたって多くの女性に受け継がれてきた雑誌たちと、それが私の場合は断絶していたこと、そこにもまた傷と、そこから発する痛みがある。
そうした痛みをできるだけ丁重に扱いたいという思いがあったのだった。その細やかさを表現する手段として百合という表現手段を選んだということになる。ノンバイナリーが主人公の場合は、より複雑なものとなっていたかもしれないし、主題となるものもぼやけていたかもしれない。
フェミニズムについては明るくないので、多くは語れないのだけれど、それでも現代を生きる上では無縁ではいられないし、さまざまな作品に触れるにつけ、どうしても意識せざるを得ないという時代を我々は生きている。
自分自身の作品をできるだけ客観的な目で批判しながら、より作品の質を高めていければと思うので、気になる方は読んでくださるとうれしいです。
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