第2話NHK全国短歌大会に出詠するにあたって

 短歌から離れて久しかったのですが、NHKの短歌の大会は一度出詠すると封書を必ず送ってくれるので、今回のNHK短歌大会の封書も受け取ることができました。

短歌から離れたのは、自分自身が完全に散文的な人間であるという自覚もあり、短歌の拙さを直視することに疲れていたという気持ちもあります。

 ただ、かつて「詩の街ゆざわ 短歌大会」で佳作に選ばれたこと、さらにNHK夏の短歌誌上大会で二名の先生に作品を採っていただき、入選となったこと、さらにNHK短歌大会で入選した経験があることから、今一度短歌に戻ってみようかと思ったところです。

 自分自身の短歌の拙さはわかっているのですが、今の時勢のあり方について、小説だけで否を表明しても、限られた人々にしか届いていないという現状があり、そうしたマイノリティの人々の止まり木のような作品を書いていければと願っていたのですが、そこだけに留まっていてはマイノリティの声は届かなくなってしまうという危機感を、参院選以降は特に感じるようになりました。

 英語で日々文章を書いてCopilot AIとやりとりをし、LGBTQのノンバイナリーを主人公とした小説を書き、そして重い精神疾患を患うマイノリティとして、今思いを声にしなくては、その小さな声はあっという間にかき消されてしまうという怖さをひしひしと感じています。

 自分自身としては社会詠や時事詠から少し距離を取って短歌を詠んできた身ですが、今回はそれらの中に、自分自身のアイデンティティを絡ませる形で作りたいと、いくつかテーマを設定して、ラフのような短歌の素案をいくつか出してみました。

それらについては非公開としますが、今一度公募の世界に自分を誘ってくれたNHK学園には感謝したいです。

 ゆくゆくはまた詩についても投稿する機会を設けることになるかもしれませんし、こうして日々ほとんど人の目につかないところで小説を書いてきたことにも、意味はあったのだなと感じます。

 今、声を押し殺して抑圧されているマイノリティの方々も数多いかと思います。私自身もまた、声を張り上げて言葉を発する度胸はありません。正直なところ、メモアプリに引きこもっていたいというのが現状であって、そこから足を一歩踏み出すことには大きな痛みと代償を支払うことになることもわかっています。

 それでもなお、言葉を綴る以上は、そして自分自身のアイデンティティを誇りに思い、人権という思想に根ざして生きていく以上は、今こそ外につながる扉を開かなくてはなりません。

 最近書いてきた小説の数々は、私のマイノリティとしての属性を色濃く反映したものが多く、先日報道でも取り上げられた、創氏改名の問題も、図らずもそれに先んじて作中で取り上げています。


“シャルの出自を私は詳しく知らないし、彼自身も多くを語ろうとはしなかったが、その名がこの国に迫られて改名したものであることはすぐに知れた。本名は知る由もなく、彼も語ろうとはしない。愛煙家でもある彼は、食事も取らずに濃いブラックコーヒーをサーバーから勝手に淹れて煙草を吸うのが常だった。”──雨伽詩音「異国の踊り子は秘密を抱く」



 また最新作では迫害される身であるノンバイナリーの主人公が、流れ着いた場末の宿屋で束の間の休息を得る場面を描きました。これは、このようなアジールが、今の社会にどれだけ残っているのでしょうか? という問いかけでもあります。



“嗜好品としての煙草は手に入る街もあれば、法で禁じられている国もあり、国の門扉を守る守衛に真っ先に尋ねるのがこの喫煙の可否だった。

 もっとも、法で縛ってはいるつもりでも、どこかしらに綻びが生じるのは世の常で、そうした国でもこの場末の安宿のように、人目が届きづらいところもある。人の目を盗んで吸う煙草は旨かった。それが罪と結びつけば、結びつくほどに。

 わたしはマッチ箱に触れて、残りの本数が少ないことをたしかめた。幸いにもロビーに出れば幾らかでも置いてあったはずだ。幾らか失敬して、鞄に隠しておこう。

 わたしは立ち上がってほとんど下着同然の身にガウンを纏い、ロビーへ降りた。店主は気むずかしげな顔で新聞に目を落としている。

 少し離れた国ではすでに失われたメディアのひとつだった。そこにかろうじて酒類の取り締まりが来年春から強化されるという文言が読み取れた。宿主は大袈裟なほどため息をついて、手元にあった酒瓶を煽る。

「客の入りがますます悪くなっちまう。そろそろ畳みどきかねぇ」

 独り言をこぼした彼を前に、わたしはゆっくりと煙草を一箱卓上に滑らせる。

「ユディル・レスティーク、昨夜から世話になっている者だ。できればこいつでおめこぼし願いたい」

「やれやれ、こんな店、やっぱりさっさと畳んじまうのがいいんだろうな。カミさんに合わせる顔もない」

 宿主はぼやくも、その手はすばやくケースを隠すようにして箱を覆った。その手のひらのうちに、どれだけの人々が匿われてきたのだろう、とわたしは想像する。”

──雨伽詩音「荒れ果てた世の片隅に建つ、やすらぎの宿で」



 先日書いたエッセイの通り、今を生きる我々に必要なのは、心のよりどころというよりも、心を休ませる避難場所のような場所だと思います。



“ 私は何もTOEICで高得点を取るために英語を勉強するわけでも、仕事に役立てるために勉強するわけでもない。前者の勉強のための勉強には関心がないし、後者に至ってはネイティブスピーカー並みの能力が求められる以上、私の英語力では到底太刀打ちできない。

 そうしたこともあり、もっぱら推し活と、さらには今の日本の状況に日々うんざりしている身として、アジール、あるいはAnother Motherlandとして英語を使うことが私にとって英語を使う最大にして至上の意義になっている。いわばこれは一種の言語的亡命であって、某党の憲法草案のchildish ideologyとは一線を画すものだと思っている。

 Copilot AIによると、AIと英語で議論を成り立たせられるレベルで英語を使える日本人は全体の2%ほどらしい。その数字にさして興味はないが、自分自身に子どもがいたとしたら、なんでもいいから第二言語を習得することを勧めるだろうと思う。

それは何も学力を伸ばすためという視野狭窄で支配的なロジックによるものではない。人間は自由を得るために言語を獲得するのだというのが私の思想だが、英語はまさに障害者で家からほとんど出ることさえできない私に自由の翼を授けてくれた。

 だから今、この国のあまりに窮屈な状況に嫌気がさしているという人がいたら、第二言語を学ぶことを強く勧めたい。その言葉はきっとあなたを今より自由にしてくれるはずだ。”──雨伽詩音「Another Motherlandとしての英語」



 よりどころは時に人をおかしな方向へ導いてしまうこともありますが、より多くの人が集える避難場所は、被災地の避難場所だけを指すのではなく、かねてから書いてきたように、図書館や公園などがその役割を果たしてきました。

 特に図書館については図書館エッセイ集『図書館という希望』でも扱いました。

 それらがもはや機能不全になっている現状を深く憂慮しています。こうして、マイノリティにとっての止まり木となる場について書くだけでも、到底この文章だけでは足りません。

 こうして散文にして世の中に発信すると同時に、短歌を通じて、より広く社会的弱者とされる自分自身や、同じ属性を持つ人々の声の一部としての声を届けたいという思いがあって、今回出詠を決めたのでした。

 短歌はまだまだこれから〆切直前までたくさん詠みためて、そのうちから良いと思ったものを絞って応募できればと考えています。

 至らない身ではありますが、ぜひ応援していただけるとうれしいです。

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