第19枠 仮初の再会
「初心な若造たち!バーチャルお局、
秋葉はスタジオでソロ曲のレッスンの講師を待っている間、一昨日の典子とのコラボ配信の切り抜き動画を見ていた。典子のゲスト発表に合わせて自己紹介するシーンを終えたところで、トークに移っていく。
【典子の部屋】歯に衣着せぬ千日百と貫禄の局典子まとめ【切り抜き】
88441回視聴 22時間前
「あんたらデビューのときもうオリジナル曲出してたでしょ?何て言ったっけ?」
「『Reality Lie』ですね」
「そうそう、いいよねあんたらはさあ、デビューしてすぐオリ曲貰っちゃってさあ。こちとらデビューから1年でやっとだよ」
コメント
:出ましたババアの新人いびり
:あゆみと百はどう対応するかな
「いやー、先輩方のそういった足跡のおかげでこうして機会をいただけまして、典子先輩のオリ曲『勘違いしないでよ、仕事覚えてもらわないとこっちが迷惑するんだから』は大好きですぞ。やっぱり年季が違うと思い知らされますな」
「誰が年季が違うですって!?」
コメント
:草
;クソガキももち炸裂
先輩との初コラボは大きな収穫となった。特に百はもともとの長時間ゲーム配信に加え毒舌悪ガキキャラを確立しつつあり、リスナーからは『ももち』と呼ばれるようになり人気を順調に伸ばしていた。
楽屋に積極的に挨拶するようになって2週間、百は少しずつ普通の会話に慣れていっているように見えた。一方で秋葉自身の方はと言うと、まだ先輩たちとの距離感、溝は埋まり切っていないように感じる。登録者数業界トップの大先輩とのコラボが実現した以上、他の先輩の態度もこれから少しずつでも変わってくれればいいんだけどなあ。
考えていても仕方がないので、先にボイトレの教室に入って発声の練習でもしよう。秋葉はそう思い立ってエントランスの椅子から立ち上がり、エレベーターの方に向かい上階へのボタンを押す。
しばらくしたところでエレベーターが上から降り、中から一人の女性が姿を現した。冬も近いというのに薄着で、ジャケットに袖を通さずに羽織っている。
顔を見た秋葉は目を見開いた。彼女の右耳には、かつて大切な人から受け取ったピアスの片割れが、紛れもなく光っていた。
「すず?」
すずと同じ顔、同じピアスをしたその女性はエレベータから無言でゆっくりと下りる。エレベーターはしばらく止まっていたが、やがて誰も乗せることなく上階へと戻っていった。
記憶の中にあるすずとは顔立ちそのものは同じでも、まとっている雰囲気は別人のように違っていた。あどけなさのあった表情はそこにはなく、高くない背丈に似合わない憂いを帯びていて、それが抜群に美しかった。
全く変わらなかったのは、薄着から漂う汗の香り。かつてレッスンを共にしたときの汗ばんだすずの姿とにおいがフラッシュバックする。11月でもジャケットを着こんでいない所から見ると、おそらく相当なレッスンを受けた後の帰りなのだろうと想像できた。
声が出ない。
言いたいことはたくさんあるはずなのに。
楽屋に挨拶するようになってから、偶然会うことは想定していたはずなのに。
かつて将来を誓い合った『伊勢すずめ』と目の前にいる女性。生物としては同じでも、8年という時間の隔てが、いや、その間に彼女がアイドルとは違う道を選び、Vtuber界随一のパフォーマーと称されるまでに至ったというその事実が、秋葉の口を、体を縫い付ける。今の彼女とは決して、同じ目線で夢を語ることはできない。肩を並べて歌い踊ることはできない。
だが、秋葉は歯を食いしばる。
交わすべき言葉が出ない――そうなることだって考えていないわけじゃなかった。アイドルを辞めてからデビューするまで彼女のことばかり想っていたのだ。彼女が今はまだ届かない所にいることだって、理解はしている。だから……!
「おはようございます。『Re-in-Canation』所属『Reality』キャプテン、秋葉あゆみです。よろしくお願いします」
挨拶回りをするようになってから、もし会った時にはこうなるだろうとは思っていた。だから、秋葉は自ら新人と先輩という線を引いた。それが今できる唯一のことだった。パフォーマンスでも、配信者としての実績でもかつてのように対等でないのだから、無理にすずと話そうとしてそれを突きつけられるより、自分で線を引く方がまだダメージは少ない。いわば自己防衛でもあった。
「おはよう。『Re-in-Canation』所属『Ideal』の、雁来とまりです。デビュー曲『Reality lie』、すっごい良かった。ダンスも好きなんでしょ?近いうちにコラボして、色々話を聞きたいな」
「は……はい」
声も紛れもなくすずだ。配信では高めに作った声で話しているが、どちらかと言えば低めでダウナーな声質は8年前と同じだった。
だがそれは明らかに、先輩と新人のやり取り。『雁来とまり』と『秋葉あゆみ』の会話だった。
でもこれでいい。もし衝動のまま彼女を抱きしめたとして、憐みの目を向けられたり、知らないふりをして拒絶されたりしたら、全て壊れてしまう。
「じゃあね」
『雁来とまり』は秋葉を横切ってエントランスを去っていった。すれ違いざまにあのピアスが夕日に反射して鈍く光る。あれこそ、まだ彼女が秋葉のことを忘れ去ったわけではないという証だ。『雁来とまり』ではない、すずという一面をのぞかせている部分だ。
そう思い込むことが、秋葉にとって精一杯の心の支えだった。
秋葉は出口に向かう彼女の姿を振り返らずに、エレベーターに乗り込んだ。
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