第15枠 One for all

 あれから2週間、初配信の日はあっという間にやってきた。


 一昨日に初配信を告知して以来、SNSもざわついている。Vtuber界隈で、いや、ネット界隈でのコーテックスの存在感は今やどうやっていても目に入るほどで、その新人デビューとなれば今や一大イベントといってよかった。開設した自分のアカウントにもすでに数万人のフォロワーがついていた。コーテックスの箱としての力と規模を思い知る。


 19時20分。初配信リレー開始まであと10分。打ち合わせの通り、先陣を切るのは秋葉だ。待機画面に映る自分のアバターを通して自分自身に語り掛ける。構成は練った。台本を読む練習も積んだ。出来ることはやった。


 そしてそのまま、待機画面に集中し、表示されているアバターに向き合う。

 アバターは黒に紅葉色のメッシュが入った髪型、藍色の瞳の女性で、パンクファッションに身を包んでいる。

 誰もいない町並みをしばらくふらふらした後、何かに気づいてハッと振り返り、そのまま画面に背を向けて歩み始める。しばらくすると歩みを止め、何かをじっと見据える横顔が映り、暗転して待機画面が終わる。そして、配信画面が姿を現した。


「聞こえてますか――リスナーの皆様、おはようございます。『Re-in-Canation』からデビューの『Reality』キャプテンを務めます。秋葉あゆみです。憧れのコーテックスにやってきて、緊張とうれしさでドキドキです」


コメント

:さて今回の新人は……

:清楚なお姉さんボイス

:この見た目で清楚?

:パンク清楚


 どうやら声はしっかり届いている。このまま予定の進行に映ろう。


「それではこのまま自己紹介をしていきましょう」


 現在PCに表示されているのは、配信部屋で椅子に座るアバター、そして画面左半分を占めるリスナーのコメント欄だ。コメント欄のログはあまりに高速で流れており、印象的なごく一部のコメントしか目で追い切ることはできなかった。

 画面を遷移させ、右下にアバター、画面の大部分に自分のPCの画面をそのまま表示させる。ゲーム実況などでもよく使うレイアウトだ。


――――――――――――――――――

 秋葉あゆみ 24歳

 身長 159㎝

 体重 理想的

 誕生日 12月8日


 好きなこと

 歌、ダンス(ヒップホップ、ブレイキン)、DJ、一人でお出かけ、散歩

――――――――――――――――――


 この後も好きな漫画や映画、アーティストなどを紹介し、続いてママ、パパの紹介に移る。多くの初配信で踏襲されてきたテンプレ通りの進行だ。特に変化球がないのは自覚している。

 そして流れるコメントに思った通りのものを見つける。


コメント

:んー、なんか清楚通り越して普通過ぎる

  

 そろそろこんな発言が来るタイミングだと思っていた。ごく小さな咳払いをして、声を整える。


「それでは続いて……うっ……頭が……!」


コメント

:お?

:大丈夫?


 進行の途中でいきなり苦しげな声で頭重感を訴える。リスナーからは動きを止めたアバターが見えているだろう。2Dアバターは頭を押さえる、口を歪めるなどの演出は難しいため、すこしわざとらしいくらいの声で演技しておく。


 アバターの設定画面を表示させ、ある項目にカーソルを合わせた。そして一秒だけ目を閉じ、そのままカーソルをクリックしてから目を開く。


「ふふっ……」


コメント

:眼の色が変わった?

:声の雰囲気もだな


「あー疲れた。もう仮の姿を保つのも限界。リスナーさんたちももう、お決まりの進行なんて飽きたでしょ?あゆみ、コーテックスに来たのって女の子と盛大にあんなことこんなことするためだから、とっととそっちに移っていい?」


コメント

:あっ……

:二重人格?

:あーあ、また清楚担当だった

:あんなことこんなこと?

:有罪!、エリカ様の裁判にかけよう

:↑他の事務所のネタはちょっと……


 意図が伝わったことに秋葉はホッとした。二重人格っぽいキャラ付けが滑らないかは少し不安だったが、今のところ杞憂のようだ。

 それにこの発言、『女の子』を『すず』に変換すれば真っ赤な嘘というわけでもない。すずには言いたいことは山ほどあるし、抱きしめたいとも、一発ぶん殴ってやりたいとも思っている。だから演技していてもそんなに違和感がない。


「というわけで後に続くメンバー3人と、一つづつテーマを決めてアンケートしてみたんでよろしく――ではまず、ももちゃんから」


 程なくして、百のアバターがシルエット姿で現れた。

 そして画面は次のスライドに移る。ここからは質問コーナーだ。お題の内容が書かれたスライドが画面に表示される。


『お互いの一番好きなところはどこですか?』


 これに秋葉と百が答えていくことになる。なおVtuberは初配信まで自分の声を明かさないという不文律ふぶんりつがあるため、今回は他の3人はボイスチェンジャーを使用している。


「まず百のいいところは、料理とお菓子作りがめっちゃ上手。スタジオで初対面の時からお菓子配ってて、クッキーなんだけど今まで食べたので一番おいしかった。涼ちゃんとか永遠に食ってた」

「いやー秋葉殿、照れますなあ。小生しょうせいは人の心をつかむにはまず胃袋から、を実践しただけですぞ」


コメント

:軍人みてえな喋り方だな。ボイチェン抜きの声を早く聞きたい

:甲高い声でもイケボでも合いそう

:小生系女子すき

:涼ちゃんって嬉野涼ってメンバーか、あのスタイルで大食いなのか


 いい反応だ。こうやって情報を少しずつ匂わせていくことで視聴者の興味を引く。

 とある長寿のトーク番組ではゲストを紹介する前に、まずゲストがシルエット姿でボイスチェンジャーを使った状態で登場する。そして司会や他の出演者でゲストが誰かを当てる、というスタートの仕方をする。それを参考にした構成だ。残念ながらその番組はもう終わってしまったが。


 

 タイムキーパー代わりに使っていたスマホの振動機能が作動したので、キリのいいところで会話を切り上げる。次は涼とのトークになる。テーマは『同期以外で好きなコルメン』。


「もちろん同期はみんな好きっていう前提で、どう?涼は誰が好き?」

「そうだな……秋ちゃん、同時に答えようか」

「何で?」

「言ってみればわかるから。じゃあいくよ。せーの」

「「雁来とまり」」


 同時に同じライバーの名前を答えた。


コメント

:まあ妥当

:とまりんはマジでヤバい

:ダンス好きなら絶対憧れるよな

:コラボ期待

 

「おや、どうやら気が合うみたいだね。オフでもとまりんについてトークする?ウチ……俺は彼女のことなら1時間は話せるけど」

「1時間……?ぬるいぬるい。あゆみなら3時間はいける」


コメント

:草

:俺っ子来た!

:↑最初ウチっていったぞこのお姉さん

:無理して演じてるならそれもそれでかわいい


 流れで会話が進んでしまったが、秋葉はわずかに引っかかりを感じていた。今まで涼は『雁来とまり』の格別のファンとは言っていなかったしそう言うそぶりも無かった。話題にする機会が無かったわけでもなく、秋葉は初めて会った日に彼女の代表曲を踊っている。

 まあ、今後グループでやっていくにあたり腹を割って話す機会もあるだろう。秋葉は余計な考えを捨て、次の相手との会話に集中することにした。



 みのりとのお題は『最近ハマっていること』。

 彼女と生身で対面した時は、いつも本を読んでいた。おかげで取り付く島もなくまだロクな会話も出来ていない。純粋に彼女について気になったので設定したお題だった。読書以外に何かあるのか、無いとしても何を読んでいるのかは教えてくれるだろう。


「—―というわけで最近は散歩をよくやってるんだけど、みのりは?」

「……筋トレとボイストレーニングですね」


 一瞬反応に困った。全く思いもよらない答えが返ってきた。


「あんまりそういうふうには見えなかったけどなあ」

「……3人とも歌や踊りに堪能たんのうなので、何とかついていこうと思いまして。特に秋葉さんのダンスは、風に吹かれた柳のようにしなやかで美しいものでした」


 3人を引き立てるつもりで設けたコーナーだったが、逆に褒められてしまった。

 もしかすると、他の3人を引き立てるというこの構成の意図をみのりは見抜いていて、逆に秋葉を取り上げてくれたのかも。結局みのりの内面にはほとんど触れられなかった。

 だがこれでいいのかもしれない。秋葉はマネージャーの遠見の助言を思い出す。

 

 『彼女は業界10年に一人の逸材と呼ばれています。引き立てようとすると他のメンバーの影が薄くなりかねない』


 とはいえまだ秋葉にはなぜそう思われているのかもまだ分からない。これはみのり自身の初配信で確かめるしかないだろう。



 トークを終えたところで秋葉はアバターの瞳の色を藍色に戻した。


「では時間も近づいてきて来たので、最後にミニライブで締めようと思います。それでは聞いてください。『One for all』」


 コメント

:戻った

:女の子大好きモード(紅)↔アイドルモード(藍)


 スライドで歌う曲目を表示させる。

 もちろん古巣の曲は避けた。『前世』に関しては声や口調でバレるのは仕方ないかもしれないが、こちらから匂わせるわけにはいかない。だから歌うのはNGとした。

 選んだのは平成初期に一世を風靡した人気アイドルグループの代表曲。アイドルにあこがれたきっかけの曲でもある。タイトルも今回の初配信のコンセプトに合っている。


 『一人はみんなのために』。『Reality』を最高のグループにして、胸を張って彼女の前に立つ。今日がその始まりの日だ。


 ――待ってろ、すず。

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