第13枠 食わず嫌い

 『負けた側は今自分が取り組んでいる仕事をすべて話す』……三間が要求している罰ゲームは狙いすましたように今の秋葉には重大で致命的なものだった。


 Vtuberとは表に出ているキャラクターが見て、聞いて、感じて、話す――だから演者はいない、ということになっている。もちろん建前だと小さな子供でもなければ分かってはいるが、それでも自分から打ち明けるのは業界最大のタブーである。

 例えるなら着ぐるみの中の人が公衆の前で着ぐるみを脱いだり、マジシャンが人前で自分のマジックにタネがあると言って明かすようなものなのだ。


「どうしてそんな罰ゲームを……?」

「その方が面白いから。この答えじゃ不満?」

「そ、それは……」

「あたしは台本は極力作らない主義だかんね。台本なしで生の人間に本気でくだらないことに取り組んでもらうには、大事なものを賭けてもらうのが一番なんだよ」


 三間はそう言ってたこ焼きの入った真空パックを弄んだ。


 まるでデスゲームの主催者のようなことを言ってのける。秋葉は三間が持ってきたたこ焼きを見つめた。本当に底の知れない人だ。一瞬だけ、背を向けてこの家を出て逃げてしまおうかと思った。だが――


「なら私が勝ったら、三間さんの企画、頂けるんですよね?」

「もちろん」


 企画などしたこともない秋葉にとって、三間の頭の中にあるそのアイデアはぜひ欲しいものだった。挑むだけの価値はある。


「どうやら決まりのようだ。さて、単純なロシアンルーレットでは少し物足りない。ここはもうひとひねりしよう。たこ焼きの中に激辛トウガラシ入りが混じっている。それを引き当てたら負け――ではなく、両者がたこ焼きを一つづつ順番に食べ、全て食べ終わった後に相手側の何番目が激辛入りなのかを当てる。つまり、表情などから読み解く必要があるわけ」


 どこかで聞いたことがあるようなルールだが、まあいいだろう。


 三間は改めて2つの袋をテーブルに置いた。それぞれ5個ずつのたこ焼きが入っている。

 相手が用意した食べ物ということで、公平を期すため秋葉が袋の中を混ぜてシャッフルするなど準備を進める。


 準備を経て、テーブルをはさんで秋葉と三間が向かい合って座った。それぞれの手元に5個ずつのたこ焼きが並ぶ。レンジで温めたこともあり鰹節かつおぶしが踊っていた。それはまるで、勝負の前座を盛り上げる踊りのようだった。


「さて、『実食』ってことで」


 まず彼女が1個目のたこ焼きを爪楊枝で口に運ぶ。


「このルール、あんたの顔を見て思いついた……というか思い出したんだよね。そういやあんたのグループのプロデューサーが台本書いてた番組のネタじゃんって。あたしが駆け出しでADやってた時に、最初に担当させられたのがその番組だった」


 秋葉はあまり話の内容は気にせず、三間の一挙手一頭足に注意する。当たりを引いたのであれば表情や汗など身体にそれが出るはずだ。

 

 三間はいったん話を切り、爪楊枝で2個目のたこ焼きを口に運んだ。準備中に詰めたルールでは必ずしも順番に1個ずつ食べなくともよいことになっている。ただし連続して食べる場合の間隔は1分以上、もちろん一気食いも禁止だ。


「――その時、自分の想像以上にこの業界が台本に従っていることを知って、だいぶショックだったね。今思えばあの頃は青かったよなあ――」


 水を飲んだりする様子もなく話し続けている。まだ当たりを引いていないのか、それとも話で紛らわしながらポーカーフェイスを貫いているのか……?


 だがここまでで三間が正攻法で来ているのは理解した。この手のゲームは大まかに分けて2通りの戦法がある。当たりを引いたときにそれを気取られないようにする正攻法と、逆に当たり以外を食べたときにも苦しげなリアクションを示すことで相手を騙すやり方だ。


「――ただ半端なまま業界を知った顔でいるのもバカバカしいから、とっととディレクターになって自分で番組を指揮するまでやってみたんだよね。――さて、だいぶ話しちゃったな。菊水さん、そろそろ1個目を食べなよ」


 ここで初めて三間がグラスの中の水を口に運んだ。秋葉は目を皿のようにしてその動きを見つめた。


 ――ダメだ。確証が得られない。普通であってもたこ焼きを2個食べて数分も話し続けていれば水を飲むのは当然のタイミングだ。秋葉は徐々に胃が重くなっていくのを感じた。


 目の前のたこ焼きを見つめる。ソースの甘い香りが鼻につく。正直食欲は全くない。相手の前半で手掛かりを得られないという不利を背負ってしまっている。


 秋葉は1個目を口に運び、咳き込んだあとにすぐに水を飲んだ。文字通り食物が喉を通らないということか……なら、このままどのたこ焼きでも苦しいふりをしながら食べる方針で行こう。

 

 ◇

 

 三間がたこ焼きを見つめている。ここまで三間は3個実食し、これが4個目だ。ここまで三間はこれといった隙を見せなかった。もし3個目までに当たりを引いていたとすれば相当の演技力と言える。


 4個目をさりげなく口にした三間は、それを呑み込む。何となく今までより噛んだ秒数が短い気がする。


「一番ショックだったのは、弟の一家と久しぶりに会った時だったね。姪とは初めて会ったんだけど、話してみると自分の作った番組を知らない。それは仕方ないと思ったが、その後聞いたらそもそも家にテレビがないときた。見てるのは動画サイトだとさ。それですっぱり糸が切れてしまって、テレビ局を辞めたってわけ」

「えっ、辞めた?」


 呆気にとられた。当然のようにまだディレクターを続けているつもりで半日話していた。今日の散歩も企画の一環とばかり思っていた。だが確かに売れっ子ディレクターに、平日の真っ昼間にあんなゆるりとした時間がとれるとは考えにくい。どうして気がつかなかったのか。


「それで、今は何の仕事を……?」

「それは、君が勝ったら教えてあげる」


 しまった。注意が話題に逸れてしまい、彼女の表情などに気を配るのを忘れていた。もしかするとそれが狙いか?だとすれば今の話は嘘八百?秋葉は動揺に首を横に振った。


 そうこうしているうちに三間は1分を過ぎたのを見計らい、5個目のたこ焼きを素早く食べ、これ見よがしに水を飲み切った。辛さを感じるタイミングより前に水を飲み、判断を惑わす作戦だろうか。


「さて、菊水さん、最後の1個、食べたら?もう4個目食べてからだいぶ経ってるけど……もしかして食べるのが恐かったり?」


 秋葉は自分の手元に残った唯一のたこ焼きに目を落とす。三間は口を綻ばせた。


「このルール、最後に当たりを引いたときが一番難しいんだよなあ。4個目がハズレの時点で、最後の一つが激辛だと分かってしまうからどうしても食べる前に表情や食べ方にそれが出る。さあ、どうする?言っとくけど、食わず嫌いは禁止だかんね?」


 秋葉は震える手で最後のたこ焼きを箸にとり、反対側の手を下に添えて口にした。


 やった……!三間はこちら側の当たりが最後、つまり5個目だと思い込んでいる。だが、残念ながらそうではない。『最後に残った当たりを前にためらう』この一連の流れ自体が演技なのだ。秋葉が引いた当たりは2個目のたこ焼きで、その辛みもとうに舌から消え去っている。アイドルとしてそんなにドラマ出演などの機会に恵まれたわけではないが、それでも役者でない相手に負けられるものか。


「さて、いよいよ両者全部食べたわけだから、次は『披露』だ。相手が何番目にあたりを引いたか、そこの紙に番号を書いて見せる。両者は同時にその番号のたこ焼きの残り半分を食べてみせて、それで決着だ」


 まず、実食とは逆に秋葉が先に回答を紙に書くことになった。ボールペンを顎に軽く当てながら思考を巡らせる。おそらく三間が当たりを引いたのは4番目か5番目。

 4番目を口に入れればその時点で当たりを引くか、5番目が当たりかどちらかに決まる。おそらく彼女は4番目の味を確認したところでこちらを引き付ける話題を振り、こちらの注意を逸らした。それが冷静に出来るとなると、どちらかと言えば……。

 秋葉は意を決して『5』と書く。相手もおそらく『5』を書いて提出してくるだろう。だがそれは外れだ。そして自分の『5』が当たり。これで勝ちだ。


「『披露』」


 2人が同時に紙を裏返す。

 

 秋葉の口が歪んだ。秋葉の目は三間が書いた『2』の文字を捉えていた。


 ◇


「やれやれ、そう言えば引き分けの時のことを考えてなかった」


 残ったたこ焼きをつまみにビールを飲みながら三間がつぶやいた。 秋葉もご馳走になる。

 結局両者正解につき勝敗はつかなかった。秋葉が『5』で当たりを引いたと見せかける作戦に、三間は途中までは引っかかっていたらしい。だが、最後のたこ焼きを食べたところで一瞬秋葉の目が反対側を向いたらしく、前半に当たりを引いたのだと考えたのだという。『2』を選んだのは直感とのこと。


「勝負なしなんですから、このままお開きでいいんじゃないでしょうか」


 終わってみるとどこかホッとした自分がいることに気がつく。今から思えば進退にかかわる情報を明け渡すところだったというのはちょっとだけ馬鹿らしく思える。とはいえに散歩やこのゲーム自体に学ぶところも多かった。呆れ半分、充実半分と言ったところだ。


 だが、三間は秋葉の返事に対し、不満げに肘に手をついた。


「いや……それなら昼飯とこのたこ焼きの分、その身体で払ってもらおうかな。――アイドルなら、そういうこともやってただろう?」


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