第2章 火中の栗
第8枠 Re-in-Carnation
「素晴らしいダンスパフォーマンスでした。秋葉さん」
スーツ姿で短くまとめた髪と角縁眼鏡が印象的な30歳くらいの女性が拍手を送っていた。秋葉はその顔に見覚えがあった。
「皆さん面接でお会いしたかと思いますが改めて、『Re-in-Carnation』4期生『Reality』のマネージャ―を務めさせていただきます、
遠見の表情がわずかに険しくなった。
「3Dスタジオは本来使用に事前の申請が要ります。勝手に踊ってはなりません。初めてのミーティングなので今日は仕方ありませんが、今後は注意してください」
2人の会話に千日が割って入った。
「遠見殿、ちょっと厳しすぎるのではありませんかな?ルールを知らないうちはしょうがないですぞ」
いつもと全く変わらない口調で茶化しながら指摘していたが、遠見はいたってまじめな口調だったので、秋葉は素直に謝った。
「……すいませんでした」
遠見は「では控室で本題に入りましょう」と言って振り返り颯爽とスタジオから出ていった。その立ち振る舞いからしても真面目を通り越してお堅いくらいの印象だ。オーディションの面接官も彼女だったが、その時もこんな感じだった。すずの配信を見ていると、コーテックスというともっと
控室の席に遠見と秋葉たち4人が着席する。遠見は嬉野の席を見て一瞬だけ眉間にしわを寄せる。さっき千日が配ったクッキーの食べかすが目に入ったのだろう。残念なことに嬉野はその視線に気づいていなかった。
「……では早速。『Re-in-Carnation』は従来のレーベルとは少しだけ異なり、グループごとにパフォーマーとしての活躍を期待してオーディションを実施、採用しております。皆様には初配信はもちろんのこと、同日に4人でのオリジナル曲を1曲出していただきます――」
この発言で部屋全体の空気が張り詰めた。
遠見はそのままかなり綿密な計画を説明していった。収益化達成、『Reality』の公式チャンネル開設および出演、他期生とのコラボ解禁――アイドルでもなかなか見ないハードスケジュールな上に、チャンネル登録者数における厳しい数字目標まで提示された。
「――そしてデビューから1年のタイミングで4人一斉に3Dデビューとなります。そこまでに全員が1曲以上ソロ曲を発表し、その場で披露する。最後にユニットでの新曲で締める。これが活動初期の大まかな目標になります」
◇
その後は遠見さんの主導のもと初配信の日程とオリジナル曲のレッスン、レコーディングの日程が詰められ、最後に配信や画像編集などの簡単なレクチャーが行われて解散となった。PCに関してはズブの素人なので今後もオンライン上で指導を受けることになるだろう。デビュー前にしてすでにやるべきことが多く、少し気が重くなっていた。
「
「礼には及びませんぞ。というかあのダンスだけでお礼になりますな。10年は戦えます。秋葉殿は雁来とまり殿の熱烈なリスナーとお見受けしましたぞ。同志ですな」
終了後は玉鬘と嬉野がまっすぐスタジオを出たのに対し、千日が残ったのでしばらく控室に残って話をすることになった。
「初配信はもちろんあるわけだけど、歌も早速出すんだって。千日さんは知ってた?」
千日は訳が分からないといわんばかりに首をかしげる。
「秋葉殿、『Re-in-Carnation』は1期生からずっとデビューと同時にオリ曲を公開しておりますぞ。今回もそうであっても何ら不思議はないというもの」
「そ……そうだったんだ」
正直なところ『
秋葉の表情を読み取ったのか、千日がすこしゆっくりと話しかけてきた。
「……どうなされましたかな?」
「なんか勉強不足だなって……そもそもこの『Re-in-Carnation』ってのもよく分からない。『コーテックス』って途中までは数字をつけて〇期生って括りだったんでしょ?いきなり変わったのかな」
千日はうーむ、と呻った。
「これは小生にもわかりかねますな。小生は自他ともに認める筋金入りのコーテックスのリスナー、いわば『コルリス』ですが、流石に内部情報は知る由も無い。7期生がデビューしてから2年ほど全く新人が現れない時期が続いた後、突然『Re-in-Carnation』が発足し、その1期生、通称『
千日はそこまで一気にまくし立てて、ようやく喉が渇いたのを思い出したようにペットボトルの紅茶を飲んだ。
2年間全く新人がデビューしなかった……ふさわしい人間がいなかったということだろうか。
それはともかく話が『Ideal』に転んできた。他でもない雁来とまりの属するユニットだ。千日はリスナーとしてだいぶ詳しそうなので、知っていることを教えてもらおう。
「ねえ千日さん、『Ideal』の雁来とまりについてなんだけど――」
その時だった。突然、廊下の向こう側から絞り出すような叫び声が響いてきた。
「もういやだ!!はぁ……もうたくさんだ!こんな箱『卒業』してやる!」
秋葉と千日は一瞬その声に固まってしまった。声が聞こえなくなって少し間をおいて、秋葉が小さな声で千日に尋ねた。
「あの声、何?」
「『卒業』とは穏やかではありませんな。行ってみましょう」
立ち上がった2人は控室を出て、声のした方向に向かう。そちらにも3Dスタジオがあり(フロア全体で4つもあるらしい)、そのどれかから聞こえてきたようだ。
千日もどの扉か分からないようで顔をせわしなく動かしつつも足は止まっていた。
「さっきの声、叫び声ですから分かりにくいですが聞き覚えがありますぞ。あれは確かコーテックス3期生の――」
千日さんが言い終わらないうちにあるスタジオの扉が勢いよく開かれ、一人の女性が飛び出した。秋葉はその女性がさっきすれ違ったメガネの女性であることに気がついた。
そしてその女性もまた2人に気づいたようで顔を向ける。そして秋葉と目が合った、その瞬間だった。
「お前、『三次元』アイドルだろ!?お前のせいでこんなことになったんだからな!」
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