第35話 価値観の相違

 学園は、平常通りに戻った。

 フェリアには、騒ぎに巻き込まれたとして同情の目もあったが、それでもさほど大きな変化にはならなかった。


 あの後、デリツィア公女は即日国外退去となり、自国へ送り返された。

 どうやら彼国の大公からは抗議があったようだが、アランが彼女の行動を逐一記録に残していたため、その報告書を送りつけると大人しくなったらしい。


「殿下も、もう二度と留学は受け付けない、と突っぱねたと言っていた。あの国は、大公家だけが多くの伴侶を持つことが許されているからね。

 また公女みたいな考え方の者が出てもおかしくない」


 アランから、その後の経緯を聞いていたフェリアは、公女の話題に眉を顰めた。


「国が違うから、感覚も違うのでしょうけれど、あの方の考え方は理解できなかったわ」


「公国は、大公家の権力が強いからね。

 けれど、自国でも、彼女の考え方が良しとはされていないのは、外交を担う大臣がすぐに迎えに来たことでも伺えるんじゃないかな。確かに大公閣下は溺愛されているのだろうけど、まわりはそうじゃないんだろう」


「でも女性だから、目立っていただけで、同じような考え方をもつ男性は多いわ。この国でもそうでしょう?」


「あそこまであからさまではないけれど、そうだね。愛人を持つことを優位に感じる男は多いように見えるね」


「逆に女性は非難される傾向にあるわ。だから公女はこの国では受け入れ難い存在だったのよ。

 でも男性に対して、理不尽に思う女性がこの国に多いことは事実。ある意味、公女は受け入れ難くとも羨ましく思う部分もあったかもしれないわ」


 ハイラント王国では、男性が優位だ。家を継ぐのも、男子が優位だ。たとえ女性が第一子であっても、下に男児が産まれればそちらが継ぐ。フェリアのように女児一人だけという家は少なく、男児に恵まれるまで、妻を変える家も稀に存在するのだ。


「フェリアは当主を継ぐけれど、僕との間に、子が出来ない場合はどうしたい? 家を継ぐのはフェリアの子だから、僕は外に子供を作ったりはしないけど」


 ひょいとアランがフェリアの顔を覗き込む。

 鈍く光る金髪がサラリと流れて、首を傾げるその仕草にフェリアを揶揄うような色が滲む。

 フェリアは一層眉を顰めて、アランを睨んだ。


「知っていると思うけれど。わたくしは貴方のようにたくさんの好意を向けられる存在ではないわ。アラン以外の男性とどうにかなるなんて、思っていないのでしょう?」


 世の中は、可愛らしい女性が好まれる。と、フェリアは思っている。事実、ちょっと周りより背が高く、顔も地味な自分は男性の目に留まる存在だとは思っていない。

 

「フェリアが知らないだけで、君は結構モテるんだよ。隣に僕を置く君に挑もうとする猛者がいないだけで」


 アランの碧眼が甘やかに細められる。その瞳の奥に、何か隠し事が滲んで見えた。


「…… もしかして、アラン、何かしているの?」


「ん? ああ、それはするよね。だってフェリアの婚約者は僕だよ。寄ってくる虫を撃退するのは当然の権利じゃないかな?」


 柔らかく笑うアランは、フェリアの前でしか見せない表情かお。それは今ならフェリアに対する愛情を含んでいるのだと分かる。


 フェリアは思う。フェリアは本能的に、アランは離れていかないのだと

 それは、アランがフェリアにしか見せない顔を持っているからだ。そしてそれはフェリアの中に確かに伝わっていて、無意識に彼を信頼する礎となっていたから。


「貴方には、数多の女性の噂があるのに。わたくしには近寄らせないなんて」

 

 これまでフェリアは、アランの噂に無関心な態度を貫いてきた。浮名を流す彼に、『恋がしたい夢見がちな青年』というレッテルを貼って、フェリア自身が傷つくのを無意識に防いでいたのだ。

 本心では他に目を向けて欲しくないと思う自分を隠す言い訳に、彼の本来の姿を知っていたのに、浮気者だと噂される姿だけを見てその裏に何があるのかを理解しようとはしてこなかった。

 そして、今は。そんな行動の裏で、自身が守られていたことも知った。


「…… 僕はね、グリーフィルドの婿になると決められて、フェリアと初めて引き合わされたときから、君の事だけを想ってきた。

 僕の、本心をさらけ出したら、きっと君は引いてしまうんじゃないかな」


「では、わたくしはアランの子を産む選択しかないわね。

 もし、万が一二人の間に子が出来なかったら、早めにグリーフィルドの血筋から養子を迎えましょう。ちゃんとアランのお仕事もわたくしの仕事も継いでもらわねばならないわ」


 アランの不穏な言葉を、フェリアは聞き流した。たぶん、深く追求しない方がいい。


 フェリアのそんな態度を、アランは愛おしそうに見つめた。

 


 

 

 

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