無能のお仕事!〜七大貴族の令嬢ですが婚約破棄されたので働くことにしました〜

若桜紅葉

第1章 仕事に生きる女・アニカへ!

第1話 婚約破棄の夜

 十八歳の誕生日、星降る夜空に豪華な屋敷。誰もが羨むような素敵なシチュエーションで今日、アニカ・リーデルガルドは幸せな瞬間を迎えるはず、だった。


 十八歳を迎えると貴族の淑女は婚約を発表し将来を共にする男性と永遠の愛を誓う……いわゆる婚約発表パーティーをするのだが、アニカの場合は両親や親戚だけではなく上流、中流階級貴族、果ては貴族社会の権力者も呼んでの大掛かりなものが催されていた。

 会場はリーデルガルド領内の首都から程近く交易が盛んな街。賑やかな雰囲気に飲まれ、アニカも浮かれ気分だった。

 どんな挨拶をするか何週間も悩んでいたというのに。


 ――ほんっと最悪!!!


 婚約相手のハンスはあろうことか、アニカを放置して他の女性をエスコートしてパーティ会場へとやってきた。

 彼女は決して彼の家族でも親族でもない。


『アニカ・リーデルガルド。君との婚約を破棄させてもらおうっ!』


 彼の腕に絡みつくように体を寄せる彼女は小柄で可愛らしい女性だったが、煽るように広角を上げてアニカを嘲笑う顔がいやらしかった。

 ハンスはアニカの視線から彼女を庇い、声を張り上げた。


『僕は真実の愛を見つけた! 彼女、リカエラが僕の運命だったんだ……!』


 ハンスは本日の主役をそっちのけで饒舌にポエムを披露する。

 手紙でのやりとりではわからなかったが、どうやら相当のロマンチストだったようだ。

 ムカつくことには変わりないけど全くもって反りが合わなさそうだし婚約破棄になってよかったかもしれない。

 今は冷静に思い出せているこの回想も言われた直後は衝撃が隠せなかった。


 ……この後もっとひどい暴言を吐かれたから。


『それに、『無能』の人間と結婚なんて嫌だったんだ。リーデルガルド家との婚姻は姉のクラウディアだと思っていたのに』


 会場にどよめきが走る。


 ――それもそうだわ。

 

 この国の七大貴族の一つであるリーデルガルド家は帝国への影響力が大きい。ハンスの実家のシュタイゲンブルフ家も同じ七大貴族の一つだが、領地の力は雲泥の差なのである。

 例えリーデルガルド家の次女が『無能』だったとしても、彼の発言は許される暴挙の範囲を超えていた。


 ――何か言い返してやればよかった。


 あの時のアニカはそんな考えにすら及ばなくて、曖昧に笑うことしかできなかった。


 周りの視線がうるさい。

 好奇、同情、侮蔑……ありとあらゆる感情のこもった目がアニカだけを見ている。

 とうとう耐えられなくなったアニカは彼らも家族も全てを放り出し、会場を飛び出して走りだした。


 走る、走る、走る。

 誰も来ない場所を求めて、ひたすら走る。


 足元ばかり見ていたからかターコイズブルーのドレスが目に染みた。


『アニカも立派な淑女になるのですから、クラウディアを見習って行動なさい』

 

 母がパーティのためにとアニカに渡したのは姉のお下がりのドレスだった。

 確かにクラウディアは聡明で優しい自慢の姉だけれど、このドレスはアニカの趣味じゃない。


 ――私だったら真っ赤な薔薇色のドレスを選んだのに。


『……はい。お母様』


 お父様とお母様の視線が気になって感情を押さえ込む。そのうち周りの目も怖くなって自分を殺しているうちに、本当の自分が何を望んていたのかすらわからなくなってしまった。


 ――私ってば、いつからこうなっちゃったんだろ。


『リーデルガルド家の恥晒し』

『無能だなんて……当主様もお可哀想に』

『クラウディア様はあんなに優秀なのにねぇ』

『姉の出涸らしだな』


 そんなこと他人に言われなくても自分が一番よく知ってる。

 だから姉みたいになれるように努力した。

 口調だって治したし、髪の毛だって切りたいのを我慢して伸ばした。

 少しでも頭の出来が良くなるよう、本だってたくさん読んだけれど……。


 ――それでも私は……お姉様みたいに、なれなかった。


 ガクンッと足が何かにつまづき、手入れがろくにされていない小石まみれの芝生へ倒れ込んだ。


「痛っ……」


 足首に痛みを感じて見てみると赤紫色に鬱血していた。転んだ瞬間にひねったらしい。

 足だけじゃなくて上半身も痛い。

 袖がない服だから肩や腕に擦り傷ができていた。


 十八歳の誕生日、せっかくの晴れ舞台。

 幸せになれると思った。

 やっと苦労が報われるんだって、本気でそう信じてた。

 今までずっと、頑張ってきたのに。


「……私がっ! 私が何したっていうのよ!」


 抑えきれない気持ちが口から飛び出す。

 自分が怒っていると理解したら今度は涙が溢れ出してきた。

 止まらない涙を必死で拭っている最中、こちらを見る何かがいることに気づいた。


 ――綺麗。


 オパールをはめ込んだような不思議な色の瞳だった。その男性が着ている服は首都にしかない超有名店の一級品なのに、ところどころ芝生や土がついていた。


 ――なぜこんなところで寝っ転がっていたのかしら……?

 

 今気付いたが顔も国宝級に整っている。長い前髪が顔にかかり、とても色気があった。

 綺麗な目に見つめられて自然と脈拍が上がっていく。ポタリと最後の涙が頬からこぼれ落ちていた。


 

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