フレイマー編 熱いのは嫌い
アタシ、昔から熱いの苦手だったの。小さい頃の事はあんまり覚えていないけど、ロウソクの火とか、暖炉とかもずっと嫌い。冬の寒い日に、サンタさんを待つ為にピッチがアタシを暖炉に連れて行こうとしたの。アタシはすごく嫌だったけど、メイウェザー先生が魔法のおまじないをしてくれたのよ。アタシの首にある特別なおまじない。それは数字の「9」! 救急の「9」! この数字があれば、火なんか怖くないって、メイウェザー先生言ってくれたのよ。アタシの名前、「フレイマー」も消防士さんみたいに火に負けないっていう意味で、メイウェザー先生が付けてくれたの。
今、アタシはかくれんぼしてるの。知らないおじさんとね。怖い顔をしたおじさんは、見つけたみんなを攫うつもりよ。アタシ見たもん。怖い顔したおじさんがマイムお兄ちゃんを攫おうとしたのを。あのおじさん、喋れないマイムお兄ちゃんの首を掴んでた。マイムお兄ちゃんはアタシに向かって手首を仕切りに動かしていたの。「逃げろ」って言ってるみたいに。アタシは逃げた。逃げてこの物置の中に隠れてるの。中は熱がこもって暑いけど、あのおじさんがまだ外にいるかもしれない。すごく怖かったよ。おじさんは真っ赤に充血した目で、フゥフゥ息を吐いていたの。同じ大人でも、メイウェザー先生とは全然違う。絶対ここから出るもんか。出たらあのおじさんに何をされるか分かったものじゃない。鼻がもげそうなひどい匂いがする中、アタシは息を殺して暗い物置の中にいた。外をウロつく足音がいる。すごく重そうな足音。
マイムお兄ちゃんはどうなっちゃったんだろう? おじさんに連れて行かれちゃったのかな? 中のこもった熱さで、身体の内側から蒸し焼きにされそうだ。このままここに隠れていても、いつか熱さで死んじゃうよ。アタシは物置の扉を少し開け、外の様子を見た。
庭には誰もいない。"羊の家"の窓からは、人影が見えた。背の高い人影。もう一つの人影が、背の高い人影を掴んでいる。あれは誰だろう?
「見つけたぞ、クソガキ! 手こずらせやがって!」
急に物置の扉が開いて、サングラスをかけたおじさんがアタシを掴んだ。黒いスーツを着たおじさんはハアハア息を吐きながら、片手にはライターを持っていた。月明かりが照らす中、アタシは物置から引きずり出される。明るみに出たアタシの顔を見た途端、おじさんはいきなりアタシを離した。尻もちをつくアタシを、おじさんはずれたサングラスを直す事なく見る。腰が抜けて、顔には汗が浮き上がっていた。
「お……お前……な……なんだ……そりゃあ……」
おじさんがへたり込んだまま後退りする。おじさんの手には、黒いススが付いていた。あまりのおじさんの驚きっぷりに、アタシも動けないでいる。
「おい! どうなってんだこりゃあ! 確かに始末したはずだろ!」
おじさんが誰かに向かって叫んでいる。大人の怒鳴り声に、アタシの皮膚はズキズキ傷んだ。でも、おじさんが何度叫んでも、誰も来ない。みんなも庭に来ない。みんな、どこに行ったの? アタシも助けを呼ぼうと、"羊の家"に逃げようとする。
「う……動くんじゃねぇ! この化け物!」
一歩を踏み出すと、おじさんはライターをこする。ライターからぼうっと揺らめくもの。あれは火! 火だ! 熱い火! 恐ろしい火! 全部黒で塗り潰す火! 火が全ての恐怖を連れてきた。おじさんはライターの炎の先を、アタシに向ける。おじさんのパクパク動く口も目に留まらず、アタシは風で激しく揺れる炎を見た。炎越しに陽炎が浮かぶ。炎に包まれていく、二つの大きい人影。くぐもった声でその人影達は、アタシを呼んでいるような気がした。だけど、影は炎の中に崩れていく。消さなきゃ、あの火を。アタシはすぐに物置きの中を漁った。ライターの火はどんどん近づいていく。水、水はどこ? 動悸が止まらなくなる。呼吸が小刻みになっていく。指がポリタンクに当たった。早く、早く消さなくちゃ。力任せにフタを開けて、アタシはおじさん目掛けてポリタンクの水をかけた。おじさんの小さな悲鳴が聞こえてくる。ツンとする匂いが辺りに漂った。ライターの火は風に揺れて、激しくもえあがる。水に濡れているはずのおじさんの体を、炎は包み込んだ。おじさんは言葉にならない叫び声をあげて、地面を転がり回る。炎がどんどん広がる。消さなきゃ。アタシは更に水を撒いた。だけど、撒いても撒いても炎はアタシをあざ笑うように庭を焼く。黒焦げになったおじさんが、めちゃくちゃに腕を振り回して暴れ回った。あちこちにぶつかって、おじさんの黒ずんだ腕が、足が折れる。布切れのようなものを引きずって、おじさんはどんどん動かなくなっていった。
火の勢いは止まらない。ごめんなさい、メイウェザー先生。アタシ悪いことしちゃった。アタシは悪い子です。みんなの"羊の家"を燃やしちゃった。メイウェザー先生がくれた首の数字を押さえながら、アタシは先生を探す。ごめんなさい言わなきゃ。みんなに……。先生に……。
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