影工房の匠姫~最凶妹に寝取られた最悪初夜と、義弟の甘く優しい救いの手~

兎森りんこ(とらんぽりんまる)

第1話 望まぬ結婚


 結婚式の前日。

 自分の妹が、自分の夫になる男性の部屋へ入っていった――。


真白ましろがどうして……陸一郎さんの部屋に?」

 

 その現場を見た萌黄もえぎ――明日、花嫁になる乙女は不安で眠ることができなかった。


 でもそれは、夫になる陸一郎りくいちろうへの愛しい想いからではない。

 萌黄は、陸一郎の事など、何も知らないし愛してもいない……。

 

 この結婚は、最初から何かがおかしかった。


 咲花萌黄さくはな・もえぎ

 咲花家の長女、二十歳。


 萌黄の祖父は魔道具作りの名人で、作った魔道具は国宝と呼ばれ、門下生も沢山いた。

 その沢山あった財産を、道楽者の両親が食いつぶした地方の元資産家――それが萌黄の実家・咲花さくはな家だ。


 父は魔道具作りを学ぶ事も一切せずに、門下生も今では一人もいない。

  

 両親は萌黄を、二十歳まで結婚もさせずに使用人のように働かせていた。

 しかし金が尽きかけてきた今、人身御供にするかのように縁談先を探し回った。


『あ、お父様、お母様。この人なんか、いいんじゃなーい? 帝都に住んでる冠崎かんざきさん』


 お見合い写真を見ながら、最新の洋装を着て断髪パーマ姿の真白が言った。


『……真白、私の結婚なのよ? あなたが決める話じゃないと思うの……』


 困惑しながら萌黄は言うが、真白も両親も無視して話を進める。

 

『そうか、そうか真白が言うなら、そうしよう』


『お父様……私の結婚なのに……私の意志など……関係ないのですね』


 萌黄は古い着物の裾をギュッと握る。

 この家に萌黄の人権などないのだ。


 そして、お見合い当日。

 

  帝都で販売業を営む資産家、二十五歳の冠崎かんざき陸一郎りくいちろう

 丸メガネを自信ありげに中指で直す、インテリ系の爬虫類のような男。

 萌黄は彼に何の魅力も感じなかった。

 寒気すら感じた。

 

 そして、お見合いにもついてきた真白が真白が言った一言。


『私、帝都に住みたいなぁ~この御方がいいんじゃない? お姉ちゃんこの人と結婚しなさいな~!』


『真白? そ、そんな理由で……』 


『ふふ、面白い妹さんだ。うちの屋敷で一緒に暮らせばいい』


『えっ』


『うふふ、嬉しい~! じゃあ結婚決まりね~! おめでとう! お姉ちゃんなんかが結婚できるなんて、よかったじゃなーい!』


『待って、待ってください。お父様、お母様どうか……!』


『黙りなさい。萌黄、こんな素晴らしい縁談だ。真白と陸一郎さんに感謝しなさい』


『そ、そんな……』


『そういえば、咲花さくはな家は、魔道具作りの名家だったはずですが』


 陸一郎が聞いた。


『あぁ~魔道具作りですかぁ~? お姉ちゃんは子どもの頃に勝手にやめちゃったし、私も一時期は塾に通っていたんですけどね~今はそんな時代じゃないかなぁって~』

 

 笑い話のように真白が答える。


 魔道具作り……まさか、そんな事を聞かれるとは思っていなかった。

 しかも『勝手にやめちゃった』。

 萌黄の心が激しく痛む。


『あの、私は勝手になど……!』


 萌黄が反論しようとした時。


『そうでしたか……まぁよいです。くっくっく』


 陸一郎は何故か不気味な笑みを浮かべて、話は終わってしまった。

 これで縁談が決まってしまった。


 両親は自分達と同じように、だらしなく、遊び好きで派手好きで美しい真白を溺愛している。

 逆に、祖父に可愛がられて、控えめで真面目な萌黄を可愛げがないと虐げていた。

 

 冗談のような話で、縁談が本当に決まってしまったのだ。

 そして明日の結婚式を前に、真白と二人で冠崎家屋敷に引っ越してきた。


「……絶対に真白だった。それを陸一郎さんが迎え入れてたわ……あの二人どうして?」

 

 布団に入りながら、先程の光景を思い出す。

 洋風の部屋には、明日着る白無垢が飾ってある。

 両親がどこからか持ってきた古びた白無垢は、黄ばんでいた。

 

 嫌な予感しかしない。

 望んでもいない結婚だ。

 この先に、幸福などあるわけはないとわかっていた。


 しかし萌黄を待っていたのは、裏切りの初夜から始まる地獄だったのだ。

 

 


 

 

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