第11話 技巧と力

 メアリーの華麗な勝利に沸くリックとラグナ。その光景は観客席の注目を集め、闘技場には拍手と歓声がこだました。しかし、そんな喧騒の中でひっそりと、誰にも気づかれずにその場を去ろうとする一人の男がいた。


 ロイド――メアリーとの戦いに敗れたその男は、顔をしかめながら、リックの背中を鋭く睨みつけていた。彼の目には怒りと屈辱が宿っており、それをかき消すかのように、小さく低い声で呟いた。


「リック……許さない……」


 それは誰にも聞こえない、しかし彼自身の中で確かに燃え続ける執念の炎だった。プライドを打ち砕かれた彼は、静かに踵を返し、観客の誰からも見向きもされることなく闘技場を後にした。その背中はどこか影のように重く、しばらく闘技場に残る不穏な余韻となった。


 そして、いよいよその日の最後の試合が始まる。トリを飾るのは、もちろんラグナだった。


 彼女の相手は、“技のゲイル”と呼ばれる技巧派の戦士。対するラグナは“力のラグナ”として知られ、ふたりはかねてから互いに一目置くライバル関係にあった。


 控室から姿を現したラグナは、堂々とした足取りで戦場へと進み出る。対するゲイルは細身の体に軽装の鎧をまとい、両手には旋棍を携えていた。その佇まいはどこか優雅で、まるで舞台の上に立つ踊り子のようでもあった。


 ラグナは試合前に軽く片手を挙げて声をかけた。


「おう、ゲイル。久しぶりだな。調子はどうだ?」


 ゲイルは穏やかな笑みを浮かべ、少し肩をすくめながら答えた。


「いやぁ、実はつい最近まで風邪をこじらせておりましてな。でも今日は万全ですぞ。どうか手加減はご無用に。」


 その口調には冗談交じりの余裕が感じられたが、目の奥には確かな闘志が宿っていた。


 やがて試合開始の合図が鳴り響くと、二人の間に漂っていた緊張感が一気に爆ぜ、戦いが幕を開けた。


 ラグナは躊躇なく斧を振るい、地響きのような一撃を放つ。その攻撃は風を割き、地面を裂くような威力だった。観客はその迫力に息を呑み、ざわめきが沸き上がる。


 だが、ゲイルはその豪快な一撃をあざやかにかわし、まるで踊るようなステップで距離を取りつつ、鋭く旋棍を振るった。細かく速い打撃がラグナの体に迫る。防御には成功したが、ラグナの額にはうっすらと汗が浮かび始めていた。


「おいおい、全然当たんねぇじゃねぇか!お前、本当に病み上がりか?」


 ラグナは冗談めかして笑ってみせたが、その言葉の裏には焦りが滲んでいた。彼女は力においては申し分ないが、相手のペースに乗せられると不利になるのを自覚していた。


「ラグナ殿、力だけでは戦いに勝てませんぞ。頭も使わねば!」


 ゲイルはそう返しながらも、攻撃の手を緩めることなく華麗に動き続けた。その姿に観客からも感嘆の声が漏れる。


 ラグナは一度、大きく息を吐き、斧を構え直す。そして、じっとゲイルの動きを観察し始めた。


(同じ調子で振り回しても当たらねぇ……なら、変化をつけてやる)


 彼女は次の攻撃に、意図的に力を抜いた。軌道を読ませ、そこから予想外の角度での変化。ゲイルがそれをかわそうと動いた一瞬の隙を突き、ラグナは大きく斧を回転させながら、側面からの一撃を放った。


「……くっ!」


 その攻撃は見事にゲイルの肩を捉え、彼はバランスを崩してよろめいた。


「さすがラグナ殿……これは一本取られましたな!」


 ゲイルは驚きの表情を浮かべながらも、その目には敬意が宿っていた。だがラグナは情け容赦なく追撃に転じた。気を緩めれば再び流れを奪われる――それが彼女の判断だった。


 斧の一撃、二撃。ゲイルはなんとか踏ん張っていたが、体勢を整える前にさらに一発を食らい、ついには膝をついた。


「ふぅ……いやはや、これは完敗。参りましたぞ。」


 肩で息をしながら、それでも笑顔を崩さずそう告げたゲイルに、ラグナはにやりと笑って手を差し伸べた。


「お前もいい動きだったぜ、ゲイル。また次、楽しみにしてるからよ。」


 二人は固く握手を交わし、試合は終了。観客席からは割れんばかりの拍手が起こった。


 試合を見ていたリックとメアリーも、すぐにラグナのもとへ駆け寄ってきた。


「ラグナさん、すごかった!まさにパワーとテクニックの融合って感じでした!」


 リックは目を輝かせて興奮気味に言い、メアリーも穏やかに微笑みながら、


「ええ、本当に見事な試合だったわ。冷静さと対応力……あなたの強さがよく伝わってきた。」


 と称賛の言葉を送った。


 ラグナは大きく伸びをしながら、「へへっ、ま、たまには頭使うのも悪くねぇな。」と笑った。


 こうして、三人それぞれが勝利を収めた一日が幕を下ろした。リックの初勝利、メアリーの冷静な逆転、そしてラグナの圧巻の一戦――すべてが、彼らの絆を強めるかけがえのない経験となった。


 夕陽が沈みゆく闘技場に、三人の姿が並んでいた。風は優しく吹き抜け、遠くで観客たちの笑い声が響く。だがその一方で、誰にも気づかれぬまま去っていったロイドの存在だけが、わずかにこの日の余韻に影を落としていた。


 異世界の冒険は、まだ始まったばかり。仲間との絆を武器に、リックたちはこれからも試練に立ち向かっていく――それぞれの過去と、未来を背負って。

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