その景色に妻問いを
野守
第一章 見合いの相手と謎かけを
第1話 鈴と何かが転がって
しゃらん、と小さな音がした。
「え?」
足元に鈴が転がっている。拾い上げてみれば、見事な球体に青色の組み紐と木彫りの鳥の飾りが付いた、なんとも高価そうな代物だった。不思議なことに白い鈴がぼんやりと光って見える。
「どうかされましたかね、お客さん」
近くの和菓子屋から出てきた女将さんが言った。私にではなく、店の前で長椅子の下をのぞき込む男性客に向けた言葉のようだ。
「ちょっと落とし物をしてしまって。転がっていってしまったかも」
「あらあら」
女将さんも周囲を見回しているが、男性客は苦笑してそれを止めた。
「いいんですよ、たぶん見つからないから。お手間をとらせちゃいけない」
「大事な物じゃないんですかね?」
「まあ、ね」
そうは言いながらも、男性客の視線はまだ周囲を探しているようだ。私は近寄って声をかけた。
「あの、もしかして。お探し物は鈴ですか」
手のひらに乗せた拾い物を見せる。男性客は一瞬目を丸くして、女将さんがのぞき込む前に鈴を取ってしまった。
「どうもありがとう。本当に助かりました」
顔をよく見れば、端正な顔立ちの若者だった。歳は二十代の初めくらいだろうか、明らかに良い生地で仕立てられた羽織袴という姿。流行りの中折れ帽子などは被っていないので、目立つ瞳の色が良く見えた。それは、なんて美しい――。
「何かお礼をしたいのですが」
「えっ」
彼の瞳に気を取られていた私は我に返った。他人の顔を凝視するなど、普段なら絶対にしないのに。
「いえ、そんなに大したことではありませんので」
「私がそうしたいのです」
人のよさそうな笑顔に、横で見ていた女将さんの方が目を奪われている。
「甘味でもご馳走しましょう。さっきの落雁はまだありますよね、女将さん」
「え、ええ、もちろん!」
ほんのり頬まで染めた女将さんは喜んで言って、件の鈴に目を留める。
「素敵な根付ですこと! この綺麗な
「お上手な女将さんだ。でもほら、この通り、音は出ないものだから。見つかりにくいでしょう?」
根付が揺らされて、しゃらん、しゃらんと心地よい音を立てる。さっきの言葉に頷く女将さんを見て、私は悟った。彼女には見えていない。聞こえていない。
「ね、だからちゃんとお礼をしたいのですよ。お嬢さん」
意味ありげに鮮やかな目が細められる。私は背筋に寒いものを感じて、一歩二歩と後ずさりながら言った。
「す、すみません、急ぎますので!」
そして本当に急いで踵を返し、走るようにその場を逃げ出したのだった。
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