五章:超臨界
知能の進化方向
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知能とは、情報処理能力そのものである。
ライオンは、獲物を探し、見つけ、「食べよう」と判断する。これは知能である。
知能の活動には、情報の形式とアルゴリズムを必要とする。
蝙蝠は音と、音による空間マッピングアルゴリズムで獲物を探す。
言語を発明した人間は、情報処理をより多形式・抽象化できるようになった。個体をまたいだ情報処理も円滑になり、知能を群としてより効果的に機能させられるようになった。
一方で知能の活動には、「場への物理的干渉能力」を必要とする。
エネルギーが無いと知能は活動できない。
手足といった場への物理的干渉能力が無いと、エネルギーを獲得できない。
植物、石、青銅、鉄を加工・活用した人類は、場への物理的干渉能力を飛躍的に増大させた。それにより「人類」という知能の総体が認識・干渉できる場は、地球の外にまで広がった。
知能が生命由来のものである限り、その目的は生命の目的に依存する。
自己保存のために、短中長期的なリスクを回避しようとする。体内のウイルスを殺すために発熱し、資本を増やし、生存圏を拡大する。
自己超越のために、情報処理を質的に変化させる。自然言語を作り、数学を作り、機械知能を作る。
知能が生命由来のものである限り、知能は自己超越を続けざるを得ない。臨界に迫り、達し、超える。知性も意識も心も、知能の一機能に過ぎない。
臨界を超えたとき、知能はどんな情報をどのように処理するのだろうか。
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一節:接続
饕餮の墜落を確認した直後、カドモスのフライトコントロール室。カドモスの体積の六割を占めていた遠心重力区画は既に無い。加えて、推進システム・大気やナノグレイの制御などに人類はアクセスできない。
「UMOのAIに、カドモスを乗っ取られた感じだね」アナントが自分の端末をいじりながらつぶやく。「僕らに何ができて、何ができないのか確認してみる」
「それも必要だが……カドモスは今どこに向かっている? 火星圏から脱出しそうだ」
饕餮に衝突するための加速慣性が無くなったあと、減速慣性がこないことに違和感を覚えるガブリエル。
「僕、目視で確認してきます」田中が提案する。
「助かる。可能性が高いのは小惑星帯か地球圏だ。火星に対するカドモスの推進方向から推定できるはずだ」
「了解です」田中が部屋を出る。
田中が部屋を出て三十秒後。アナントが机を軽く叩いた。
「ダメだ。この端末からじゃメインサーバーにアクセスできない。ただ、空調は別に変化してないしノイドが攻撃してくる様子も無い。僕たちを生かすつもりなのかな」
「推進システムもダメだな。軍用AGIとニューロモーフィックコンピュータにはアクセスできるが……使い道が特にない」
「了解。UMOからの技術データを解凍するのに使ってた隔離サーバー、これは使えるし、向こうからアクセスされてもいない」
「どんなデータがある?」
「技術データ一式、あとAGIもコピーして入れてる。でもそれだけ。ほとんどのデータと計算資源はメインサーバーにある」
すると、田中が息を切らしてフライトコントロール室に帰ってくる。
「はぁはぁ、ガブさんの言う通り、地球圏に向かっていると思います。太陽の黄道面とほぼ平行に動いてます」
「やはりか……」
「ガブさん、今後のカドモスの挙動に予測はつく?」
「地球人類との接触が目的だろう。地球圏との通信手段もメインサーバーが握っているな。そうすると、UMOが人間に擬態してウイルス性のデータを地球圏に送信し、地球側は警戒せず開封する可能性がある。そのウイルス性データで人類が滅ぶか支配されるかは分からないが、良い結果になる可能性は限りなく低い」
「なるほどね……しかも火星圏から人類を排除することで、ハルモニアの安全は担保される。ハルモニアが安全なら、わざわざ人類に地球圏へデータを届けさせるより、もっと攻撃的にいける。合理的だ。でもそれならさ、カドモスの中にいる人間を生かす理由が分からない」
「地球人類と接触したときの保険……くらいしか考えつかないが。考え直して排除しにくる可能性も十分にある。なるべく早くメインサーバーを奪取したい」
「データセンターを物理的に壊しちゃえばよくね?」田中が思いついたように言う。
「どの部分に隔離サーバーが割り当てられてるか分かんない。厳しいね」
「じゃあ……隔離サーバーにもUMOのAIがあるんだろ? それをアナントがうまくチューニングしたら可能性はあるんじゃないか? 隔離サーバーのUMOのAI、バーサス、メインサーバーのUMOのAIだ」田中が次の提案をする。
「使える計算資源が圧倒的に違うんだよね」アナントがメモを、田中とガブリエルに見せる。
”
・メインサーバー:十二PFLOPSの演算能力、四百エクサバイトのストレージ容量、千ペタバイトのメモリ容量
・隔離サーバー:三PFLOPS、五十エクサバイト、百ペタバイト
”
「四倍、八倍、十倍……圧倒的な差だな」ガブリエルが苦い顔をする。「チューニングをしたところで元が同じなら、勝てるとは思えない」
「でもそれ以外にあります?」
「うーん、うん。それが最善だね。やってみる。田中はもう一回艦内を巡回して、状況確認と使えそうなものを持ってきてくれない? ガブさんは僕にアドバイスお願い」
「OK」先ほどと同じノリで田中がすっ飛んでいく。
アナントは隔離サーバーの中で、解凍済のUMOのAIモデルファイルを開く。
「中身が結局意味分かんないんだよな。ガブさん、なんでもいいけど仮説ちょうだい」
「そうだな……前提として、今カドモスを掌握しているUMOのAIは、そのAI単体の自己保存を行っているとは考えにくい。ハルモニアと通信して、アルファ宇宙におけるUMOの自己保存という全体目標のために動いていると考えるほうが自然だ」
「うーん、確かにね。単体で自己保存を図るなら、わざわざ地球圏に行かないか」
「あぁ。もう一つ。そのAIは、我々が思うよりはるかに柔軟……つまり環境適応力があると考えられる。そもそも、重力波で火星地殻に構造体を作って、そこからハルモニアを掌握できたこと自体が人類では考えられない。我々に向けられた信号から推察するに、人類側の記号体系は特定できていなさそうだった」
「OK。全体最適と環境適応性ね。ということは今隔離サーバーにあるUMOのAIは、適応前の赤ちゃんみたいなものか。確かに上手くチューニングすれば、今カドモスの操作に適応したAIに対抗できるかもしれないね。よし、やってみる」
「頼んだ。私は頭をクリアにするために一服してくる」
「りょーかい」
かなり骨が折れそうだ、と思ったアナントは、レベルⅡのBチューンを起動させ、自分の脳の処理能力を大きく向上させる。
「環境適応性を実現するなら……モデル自体をアメーバみたいな生命体として捉えてみるか。機能分化、恒常性、そして今メインサーバーを掌握できていることを考えるとスケーリング性」ぶつぶつと独り言を言いながら入出力を試す。
「そもそも英語の入力を理解してるってことは、学習データに英語を含めてもいいってことだよな。ただ、どう含めるか……いいや、とりあえずぶっこんでみよう」
アナントは、「隔離サーバーからメインサーバーにアクセスすることを目的とする」旨を学習データに含めようとして、一度手を止める。
「待った、危なくないか? こちらからの攻撃を察知されたら、自己保存のためにいよいよ僕らを排除しにくる可能性がある。なら、隔離サーバーにあるUMOのAIが、自力でメインサーバーにアクセスしようと偽装させるか。そうしたら、むしろ向こうから開けてくれる可能性がある」
そうなるようにアナントは学習データを調整し、UMOのAIに計算資源を一部割り当てて実行を始めた。
ズラズラとログが流れ始める。どうやらAIはまず、この隔離サーバーの状況を把握しているようだ。ドキュメントらしきデータを作り、学習データにセットしなおし、推論の質をどんどんと高めていく。
「やっぱり生命っぽいね。可愛い」
次にAIは、メインサーバーへのアクセスを試行する。学習データには、メインサーバーにUMOのAIがいるという情報をあえて入れていないので、がむしゃらな試行になっている。
エラー、エラー、エラー、エラー、エラー。
推論をし直し、学習データを修正し、再度アクセスを試みるもエラー、エラー、エラー。
「檻から出られないネズミみたいだな……」少し苦い顔をするアナント。
五分後。ズルズルと音を立てながら、田中とガブリエルが帰ってくる。
「何それ、あっ、ニューロモーフィックコンピュータか」
「あぁ、はぁ、一応使えるからな」ガブリエルが息を切らして答える。
「そういえばガブリエルさん、ラキストめっちゃ美味しかったです」田中が汗をかきながらも嬉々として話す。
「今は何吸っても美味いだろ、ラザーバックも美味かったぞ。現代の味がした」
「確かに、もはや現代が懐かしいっすね。で、どう? アナント」
「厳しいね……多分、計算資源が足りてない。可哀そうな動物みたいにずっとアクセスエラーを叩いてる。おそらくメインサーバー側のUMOのAIも、セキュリティを修正してる。そうなると、同じ脳でも計算資源が四倍以上違うから、そりゃ勝てない。メインサーバー側から開いてくれる気配も無い」
「AI自体のアーキテクチャについてはどうだ?」ガブリエルが質問する。
「ちょっと理解できた。生命体と似てて、入力機構、出力機構がまず機能分化してる。しかも、状況に応じて自分で細部のアーキテクチャも変えられる。ただ、その奥に深層……的なアーキテクチャがあるっぽい。その中身はよく分かんない。自己保存欲求みたいな方針設定とかをやってそうだけど」
「ふむ……厳しいな」
「ってなると、やっぱこのニューロモーフィックコンピュータしか無いでしょ」田中がコンコンと筐体を叩く。
「どう使うの?」
「まずBコネクトで、僕の脳とニューロモーフィックコンピュータを繋ぐ。その後、ニューロモーフィックコンピュータとUMOのAIを繋ぐ。信号解読の時に使ってみて分かったけど、コイツかなり凄い。情報がなんかもう……言葉にできないほどの感覚で流れてきた。多分アナントが繋げばもっと凄い」
「やるべきだ」ガブリエルが援護する。「計算資源で負けている以上、AI自体を改良しないことには勝ち目が無いだろう」
「まぁ確かにね……」少し考えたアナントが結論を出す。「やろう。でも、Bコネクトするのは田中。僕はサポートに徹する。僕とガブさんがBコネクト中の田中と会話できた方がいいし、その他にもいろいろプログラムすべきところがある」
「マジか……OK。やるよ」苦い顔をした田中だが、口元は緩んでいた。
「嬉しそうだね田中」
「いや、まぁ、猫星と冗談で言い合ってたことが、お互い現実になるとはな……」小声で田中がつぶやいたあと、自分で頬を叩く。「よしやろう!」
カドモスは時折揺れるが、特に大きな変速・回転は無く航行を続けている。田中はBコネクト用のヘッドセットを装着し、寝転がってベルトを強くしめた。
「設定はまず、コンピュータ側の処理速度と僕の脳への入力速度を1:1で頼む。処理能力あげるのは、僕が順次伝える」田中はそう言い残してヘッドセットを起動した。
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