饕餮は求める
§
田中が多目的室に到着する十五分前。多目的室の隣の部屋に、ガブリエルは一人拘束されていた。
ノイドによる拘束は解かれず、四肢を動かせない状況。おそらくマークに視覚的・聴覚的にモニタリングされていると踏んだガブリエルは、動かずうつむいていた。諦めの境地に至ったわけではない。これまでのUMOの言動からUMOの基底的価値観を洗い出し、対応策を練っていた。
突然、ガブリエルを拘束していたノイドの手が開く。ガブリエルは驚きつつも二足で着地。端末にマークから来た届いた長文のメッセージを確認し、急いで多目的室に向かった。
§
同時刻の多目的室。アナントは拘束され、マークは端末を眺めていた。
アナントは動けないながらも、侵襲型(頭皮より内側にある)のBCIデバイスを起動。Bダイブによって仮想環境に入り、ノイドのアクセス権限の取得を試みていた。
不意に、アナントを拘束していたノイドの手が開く。Bダイブで現実意識が無かったアナントは勢いよく全身を床にぶつけ、Bダイブが強制シャットダウンされた。
「イッタ……」
何事かと前を見ると、マークが倒れていた。そしてドア付近から、猫星がマークの元に近づく。
「えっ? 猫星?」彼女には聞こえない声でつぶやいたアナント。
すると、五体のノイドが部屋に入ってくる。それに気づいた猫星は体術と銃で応戦したが、無力化されなかった二体のノイドに銃を奪われ拘束された。猫星は「さすがかんちょーね」とこぼし、ため息をついて静まった。
するとガブリエルが部屋に入ってくる。アナントと同様に拘束が解かれたようだ。
「ガブさん、これって」
それには答えず、ガブリエルはマークに近づき、脈を取る。
「マークは死んだようだ。おそらく自分が死ぬ事態を見越していたんだろう……しかも刺客が猫星ということも。だから自分の脳波の異常もしくは生体反応の消失をトリガーとして、いろいろと仕込んでいたらしい。私宛に自動で連絡が来た」
「ノイドが解放されたのも、そういうことか」アナントは納得する。「とりあえず……田中も呼ぶ?」
「田中も猫星の協力者という可能性は」
「無さそう、呼ぶね」
§
田中が到着した多目的室。
「ど、どういうこと」事態を理解しきれない田中。
「猫星が艦長を殺した。艦長は事前に予期して、自分の異常をトリガーとしたノイド稼働設定をしていた。だから今、猫星が捕まっている」アナントが簡潔に説明する。
「なななんで?」田中の疑問は止まらない。
「僕の予想なら猫星、次はカドモスを墜とすよね。でも分かんないこともある」田中に直接は答えず、アナントは猫星の前に立つ。
「なんで君は死なないの? もうデータは饕餮に送ったよね。内側からカドモスを墜とそうにも、その状態は無理じゃない?」
「お、おいアナント……言いすぎだろ……」
「全部……艦長に無力化された」猫星がうつむいて答える。
「まぁいいや。ガブさん、田中、今からヤバいよ多分。僕はフライトコントロール室にいく。ガブさんは軍事室、田中はここで猫星を監視しながらナノグレイとノイドの管理コンソールを開いて待機して」
「何がヤバイんだ?」
「来る」
「だから何が」
「饕餮」
アナントの言葉に、猫星は苦笑した。
ガァァァン。
突如、カドモスが揺れる。ピーピーという音とともに自動音声が響く。
【シャトルおよびシャトルドッキング部分が破損しました。直ちに確認してください】
「はぁ……いきなり最悪だ」アナントが部屋を出る。
ガブリエルは、床に倒れたマークを見つめながら、猫星に質問した。
「マークは、何か言っていたか?」
「占星術しか勝たんって」
ガブリエルが猫星の胸ぐらをつかむ。
「ごめんウソ。対応されるまえに済ませたから聞いてない」
「誰の命令だ」
「本国。正確には饕餮」
「これからどうなる」
「アナントの言う通り」
「その後だ」
「饕餮から、本国だけが開ける暗号でデータをラッピングして、シャトルを飛ばす」
「こんな時に人類側で争うのか。お前の判断が……いやすまない」ガブリエルが猫星から離れる。
「いいよ。責任取るのが現代の人間の仕事だから。これで仕事は終わり」
何も言えず、ガブリエルも部屋を後にした。
田中も、コンソールを準備しながら猫星に話しかける。
「なぁ、カドモスって饕餮と戦ったら負けるの?」いろいろ考えた末に、少年のような質問がでた田中。
「カドモスの軍備は結局調べられなかったけど、五十%以上は饕餮が勝つかなぁ」
「へぇ……ちなみにさ、猫星も本当はかなり賢かったりする? アナントよりも」
「いやー、アナちゃんには敵わないよ。UMOとのコミュニケーションでも、付いていけなさは田中と同等」
「すごいな、それで艦長を出し抜けたんだ」
「最初っからすごく警戒されてたけどね。私も警戒してたけど。カドモス最新のBCIデバイスを渡されたときめっちゃ怖かった。さすがに洗脳プロトコルは無かったけど」
「あぁ、だから気にしてたのか。それでいうと、お前は本国に洗脳されていないのか?」
「どこからが洗脳? Bロード? Bチューン? ただのメディア? 学校?」
「ごめん、雑に聞いちゃった。ん、待てよ、アナント可愛いってのも演技?!」
「さぁ、どうでしょう? 私演技うまいからね」そう言った猫星の声と顔には、お姉さん感が漂っているように田中は感じた。
四節:饕餮
フライトコントロール室。アナントはBチューンで脳の処理能力を上げ、できる限り早く軍備を整えようとした。ガブリエルからDMで長文が届く。彼曰く「マークからの置き土産」。
メッセージにはカドモス防衛における優先順位、饕餮が仕掛けてくる可能性のある攻撃手法、カドモスの防衛設備、そして軍用AGIのアクセス方法がずらりと記載されていた。
「準備が良すぎるね、艦長」アナントがふっと笑う。UMOとのコミュニケーションで驚き屋と化していたマークとのギャップが、アナントにとって可笑しかった。
アナントはまず敗北条件を整理する。
①推進・姿勢制御システムの無力化
②発電・蓄電・送電システムの無力化
③データセンター等IT設備の無力化
最も優先すべきはその三点。遠心重力区画が破損しても、管理区画に移動すればいい。船体に穴が開いても、ナノグレイで一旦蓋をすればいい。酸素が無くなっても宇宙服を着ればいい。
だが、推進・姿勢制御システムが無力化されると「詰み」に近い。逃げることもできず、火星に墜落し続ける。その間に攻撃され放題となる。
電力系統も、艦内のあらゆるものを動かすのに必要なため無力化されてはいけない。ただし核融合炉→原子炉→蓄電池とバックアップがあるため、完全に無力化されるリスクは低い。
IT設備の無力化も、かなり詰む。防衛用の各種設備を動かすために、データセンターは必要だ。
その他、一通りの優先順位と方針を立てたアナントは軍用AGIにアクセスした。達成条件と前提情報をできる限りセットする。
「間に合うか……?」焦るアナントは、外部センサー群が入手する情報をモニターに映し出す。
饕餮との距離は約一二〇km。カドモスは秒速八kmほど、饕餮は秒速九kmほどなので、単純計算で二分後には追い付かれる。だが、一二〇kmの距離であれば既に饕餮の射程範囲かもしれない。
そう考えていると案の定、軍用AGIがログを流す。曰く「継続的回避行動」を始めると。アナントはガブリエルと田中とのグループ通話を開始する。「カドモスが揺れる。ベルト締めて」
約二十秒後、ベルトを締めていなかったアナントの体がグググッと左後ろに押される。まずは回転によって、推進システムが饕餮側に露出しないようにするそうだ。
アナントは、どこまでを軍用AGIに任せていいか確認するために、仕様を確認した。「田中、表面装甲のためにナノグレイを移動させる必要がある。格納庫にあるナノグレイの八十%を、軍用AGIが制御できるように今から指定する場所に運んで。ガブさんは一旦ステイ」
「了解」アナントの通話口から二人の声が聞こえた。
ガァァァン。
突然の衝撃。アナントは吹っ飛ばされ、壁に背中を打ちつける。軍用AGIのログを見ると、「レールガンにより輸送シャトルが半壊」と出る。
「マジか……」通信が未だ回復しない地球圏に、シャトルでデータを送る案が潰えた。
饕餮との距離は六十kmに縮み、なおも近づいてくる。
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