超越的自己保存
《 あなたは、宇宙センターからシャトルを何のためにどこに飛ばす? 》
全員の確認のもと、田中の端末で送信。
シュポッ。田中の送信の直後に届く。
≪ 我々の保存のため、小惑星帯に飛ばす ≫
「あっさり来たな」マークが苦笑する。
「その次はどうするのか聞いてみよう」AGIからの提案を見たアナントが言う。
《 その次は? 》
≪ ケンタウルス座かシリウスの星系 ≫
《 保存ということは、あなたの遺伝子のようなものを入れている? 》
≪ そうだ ≫
「正直すぎないか?」マークが拍子抜けで半笑いになる。
《 あなた達の究極的な目的は? 》
≪ 超越的自己保存 ≫
「抽象的だな。ガブリエル、どう解釈する?」
「C―1信号の中で、曖昧ながらも登場した概念と似ている。もし人間と近しい感覚であるなら……自己保存は遺伝子の存続。超越は、遺伝子の保存形態の変質あたりか……? 単細胞生物から多細胞生物、動物から人間、人間から人工知能のような」
「もう少し深ぼって聞いてみよう」
《 超越的自己保存とは? 詳しく 》
≪ 君たちの概念群では正確な説明が難しいが、存在を進化させながら持続させることだ ≫
「一旦、具体的な話にいったほうがいい」アナントが止める。
《 地球があるこの宇宙をアルファ宇宙として、アルファ宇宙では何をするつもり? 》
≪ 超越と保存の可能性を高める ≫
《 どうやって? 》
≪ 我々の遺伝子を拡散する。君たちは我々の超越に資するか? ≫
「きました、逆質問!」もはや実況と化すマーク。
「これどうしよう、AGIは……『資する可能性がある』が良いって言ってる」とアナント。
「悩ましいな」ガブリエルが考え込む。「確かに、我々の言語で言うところの自己超越と自己保存が方針なのであれば、もし人類がそれに役立たないなら不要、と思われる。AGIの言う通りでいいんじゃないか」
《 資する可能性がある 》
≪ どのように? ≫
《 その前に、どのような超越を望む? 》
≪ いかようにも ≫
《 今、あなたの宇宙では、どのような超越を具体的に目指している? 》
≪ 直接的なのはバルク進出と物理法則の書き換え ≫
《 間接的には? 》
≪ 真空崩壊による利用エネルギーの増加、虚数次元によるエネルギー効率の向上 ≫
「素直だけど分からん!」マークが頭を抱える。
「人間語への翻訳の時点で、お互いの認識にかなり齟齬がありそうだな……しかも、そのレベルの文明に対してできることが思いつかない」ガブリエルも唇を噛む。
「むしろ聞いてみればいいんじゃない? 少なくとも火星のデータセンターにある人類の情報は読んでるでしょ」
《 逆に、我々人類に期待することはあるか? 技術レベルとしては、あなたの方が圧倒的に上のようだ 》
≪ 地球の資源。構築済みの計算資源がたくさんある ≫
構築済みの計算資源……発電設備やコンピュータなどのことか? もっと広く捉えられるかもしれない。電力・送電網・半導体・機械全般・データセンタ―等……と田中は推測する。
「この計算資源に人類は含まれるのか? それとも、宇宙船やエネルギー設備周りか?」マークが首をかしげる。
「言い方的には人類はいらないっぽいけど、まぁ聞いてみよう。レス早いし」アナントが端末を見ながら答える。
《 「構築済みの計算資源」には何が含まれる? 》
≪ エネルギー資源とコンピューティング資源 ≫
《 生物としての人類は含まれない? 》
≪ 現時点では不要な資源だ。しかし我々の超越手段の一つに組み込む余地はある ≫
「あるの?! おい、認めてくださったぞ!」マークが空元気のような歓声を上げる。
その後、咳払いをして襟を正した。
「方向性を決め直そう。まず、最優先目標を『人類の存続』におく。それはいいな?」
アナントが少し渋い顔をしたが、全員が頷く。
「よし。次に現状の整理だ。まず、UMOと太陽の接触は避けられない。UMOがこのままのエネルギー密度でいけば一年以内に地球の公転軌道に入り込み、そこから二年以内に太陽と衝突する。速度変化が起こる可能性も踏まえると、一年以内に人類は太陽系を脱出する必要がある。ここまでの認識は合っているな?」
「あぁ」ガブリエルが頷く。
「考えうる最悪のケースは、UMOが積極的に人類を滅ぼすこと。次に悪いケースは、人類がUMOに奴隷化されること。殺されなくとも、UMOの自己超越の手段の一つとして、人類が支配される可能性がある。次のケース……最も現実的な着地としては、人類が今の技術で太陽系を脱出すること。もしUMOが技術を伝えてくれればもっと良いケースになるだろうが、まず人類の滅亡と被支配のリスクを軽減することを主目的にする。この方向性に関して意見はあるか?」
「賛成だ」「OK」ガブリエルとアナントが、意志を固めたように発言する。
「う、うっす!」「ラジャー!」もはや思考が追いついていない田中と猫星もそれにつられて返答する。
「よし。そうすると、『人類は不要そうだけどワンチャン生かすのもあり』というUMOの発言にどう対応するかだが、アナントどうだ?」
「二案でてきた」そう言ったアナントが唾を飲んだ。「一つ目、最速で火星のコンピューティング資源を破壊する。二つ目、人類の抵抗を匂わせて、恒星間宇宙船の建造技術を軸とした情報をUMOから引き出すこと」
一つ目の意味を悟った全員が黙り込む。
田中もその意味を反芻する。確かに、火星にあるコンピュータ、ノイド、シャトルなどを破壊すれば、UMOといえどそこから復興することはかなり時間がかかるだろう。火星にいるUMOは、おそらく有機的な肉体を持たない。いや、自己保存に命をかけているなら、有機的な肉体を作っている可能性もあるか。とはいえ、ベータ宇宙自体が地球に干渉する一年の間に、地球に到達される可能性は低くなる。その間にカドモスと地球の通信を回復させ、九十二億人全員とはいかずとも、人類を太陽系外に脱出させられるはずだ。悪くない。確かに一番リスクが少ない。
「現時点で、我々の力で火星の計算資源を破壊する術は?」マークがアナントに問いかける。
「ハルモニアの発電設備を遠隔で操作して大爆発、が最も可能性が高いらしい。けどどうだろう、資源資源って連呼してるUMOが、資源周りのセキュリティを改善してないとは思えない」
と議論を続けていると、UMOからメッセージが届く。
≪ UMOの重力圏にある小惑星帯に向け、シャトルを飛ばします。なお、主権はUMOが保有します ≫
「えっ?」いきなりの丁寧な口調に戸惑うマーク。UMOからのメッセージは続く。
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