第22話(香澄目線)

「……勝手にすれば」


 その言葉を最後に、私は踵を返して歩き出した。


 怒ったフリをして。

 心底呆れてます、って顔を作って。

 ――でも、ほんとは違う。


 ほんとは。


 追いかけてきてほしかった。


 一歩、また一歩。

 夜のアスファルトを踏みしめながら、心の中で必死に願っていた。


 「香澄、待って」

 「ごめん、話そう」

 「帰ろう、一緒に」


 ……そう言ってくれる未来を、ほんの少しだけ期待していた。


 でも――


 5メートル。

 10メートル。

 角を曲がって、もう見えない距離になっても、

 私の後ろに彼の足音はなかった。


 ……来ない。


 立ち止まって、振り返る。


 でも、誰もいない。


 街灯が、まばらに揺れているだけだった。


 ああ……ほんとに、来ないんだ。


 胸の奥に、ぽつんと冷たい穴が空いた気がした。


 それでも私は、まだ意地を張るように歩く。

 歩いて、歩いて、でも、足が震えてくる。


 涙が出そうになって、上を向く。

 でも、視界は滲んで、空の色さえ霞んで見えなかった。


 ――なんで。

 どうして、こんなにすれ違ってしまったんだろう。


 私は、ただ……

 彼のことが、大好きなだけだったのに。


 誰にも渡したくなかった。

 私だけを見てほしかった。


 だから、LINEの返信が少しでも遅いと不安になった。

 女の子の名前が出てくるたびに、嫉妬で苦しくなった。

 だから、「誰と会ってたの?」って問い詰めたし、

 「もっと私を大事にしてよ」って責めた。


 ……でも、それは全部、


 彼が私を好きでいてくれてる前提だった。


 彼が傷ついているかもしれないなんて、

 そんなの、考えたこともなかった。


 私の“好き”が、

 彼を追い詰めてたんだ。


 ふと、足が止まった。


 小さな公園の入り口。

 誰もいないベンチが見えて、私はそこまでたどり着くと、

 ストンと地面に座り込んだ。


 もう、立っていられなかった。


 喉が詰まって、呼吸がうまくできない。

 声を押し殺して、しゃくりあげる。


 鼻水も、涙も、ぐちゃぐちゃに混ざって、

 自分がどれだけ惨めかわかってるのに、

 それでも止まらなかった。


「……真尋……」


 名前を呼んでも、返事は返ってこない。


 自分の“好き”が、

 誰かを傷つけるなんて、思ってなかった。


 好きすぎて、

 不安で、

 怖くて、

 必死で――

 全部、間違えた。


 ――でも、もう、遅いのかな。


 私はベンチの下にしゃがみ込み、

 自分を抱きしめるように膝をかかえて、

 ただ、泣き続けた。


 夜風が、静かに髪をなぶっていた。

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