第16話 旭川奪還作戦①
2031年、春。
午前3時30分。
旭川の夜はまだ深く、冷え込みが肌を刺すようだった。
雪月花の突入部隊は、闇に紛れて北側フェンス沿いを慎重に進む。
先頭を行くのはアグリ。次いでミカ、サラ。
その背後には、選抜された司令本部制圧班約20名が、無言のまま続いた。
タカノもその1人だ。地元の猟師であり、かつては小さな定食屋を営んでいたが、ロシア軍の侵略ですべてを失った。
コムロ率いる兵士宿制圧班も、アグリたちの班に続いていた。
アグリは拳を上げ、停止の合図を出す。
午前3時40分。
「北海道、旭川にて――『雪月花』、対ロシア戦闘に突入。独自決行」
短い通信が各班へと送られ、同時に作戦が開始された。
静かに鉄柵が切断され、隊員たちは一人、また一人と暗闇の中へと消えていく。
旭川基地の北端。
ここから司令本部までは、およそ600メートル。
雪月花による「奪還作戦」が、いま始まった。
侵入直後、コムロ率いる宿舎制圧班が東へと散開する。
彼らの任務は、仮眠中のロシア兵を速やかに制圧し、可能な限り多くの“人質”を確保することだった。
「作戦通り戦闘は最小限に。音を立てるな」
コムロの低い声に、隊員たちは静かに頷く。
現在、基地内の警備は深夜帯特有の手薄な状態にある。
だが、油断すれば即座に反撃され、包囲されかねない。
「確認。敵司令官マリューチンは、モスクワ時間22時――日本時間で午前4時には本部を離れる予定」
アグリの囁くような声に、ミカが頷く。
「間に合わせる。やるしかないよ、アグリ」
北側の林では、シノハラ率いる後方支援班が待機していた。
医療班、通信班、火力支援班による混成部隊。突入部隊の戦闘が始まった際、即座に支援に動ける体制が整えられている。
「……ガキの頃さ、雪合戦で“基地ごっこ”ってやったよな」
タカノがぽつりと呟く。ミカがちらりと目をやった。
「今やってるのは、それとは違う。失敗したら――皆殺しだ」
空気が張り詰める。だがそれは、恐怖ではなく、覚悟の重みだった。
途中、監視塔のライトがわずかにこちらをかすめる。
だが、事前調査でライトの軌道は把握済み。安全圏は確保されていた。
やがて、司令本部のある建物が視界に入る。
アグリが腕時計を確認する。時刻は3時47分。――残り13分。
建物裏手に到達した本部制圧班は、手信号で分散行動に移る。
構内図と実地調査に基づいた進入ルートは、いずれも精密だった。
コムロ班、シノハラ班からも「予定通り進行中」との報告が入る。
入口に設置された赤外線センサーは、サラが持ち込んだジャマーで一時的に無力化された。
彼女の指が滑るように端末を操作し、微かな電子音が消える。
「解除完了。今がチャンス」
サラの声に、アグリは深く息を吸い込んだ。
「行くぞ」
本部制圧班が、音もなく建物内へと足を踏み入れた。
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