チーム


 怒りに身を任せ、私は力を振いました。


 家全体が大きく揺れ、次々に水道管が破裂し、洪水が起きたように大量の水が暴れ出す。

 しかし、全ての水は統率されたように一箇所に集まった。

 止まることのない水流は、瞬く間に家を大破し、二人の頭上を塞ぐほどの大きな龍となった。


「これほどとは。ようやった、善彦」


 それが、最初で最後の父からの褒め言葉でした。


 彼は満足そうな顔で赤い龍と共に、なす術なく大河に飲み込まれていったのです。


 その後、私は冷たくなった母を抱え、警察に駆け込みました。そこで矢峰やみね課長と出会い、私は特課に身を置くことになりました。


 特課は西仁会若頭を殺した銘力者を受け入れたことにより、それまでなんとか関係を保っていた二つの組織に、修復しようのない亀裂を入れてしまったのです。


 ***


 流師の過去を聞き、沈黙を破ったのは時雨しぐれだった。


「班長、あまり自分を攻めないでください。関係が壊れたなら、直せばいいじゃないですか。無くなったのなら、また作ればいいじゃないですか」


「日々生くんの言う通り。ヨシさんが一人で抱え込むことじゃない。班長であろうと、班員のことは二班みんなで背負うべき」


 白南風しらはえも時雨の後に続いた。


「時雨君、白南風君……」


「この件が落ち着いたら、みんなで一緒に謝りにでも行きましょうよ。

 元々、弱きを助ける存在だったんなら、ちゃんと事情を説明すれば納得してくれるかもしれません。

 そうでなくても、このまま何もしないのは班長らしくないですよ」


「そうかもしれません。ありがとうございます。二人とも」


「ヨシさんがちょっとでも元気出たみたいでよかった」


「ですね!」


「白南風君、ヨシさんではなく……班長です」


「了解、はんちょう」


 本調子とまではいかないものの、ようやく流師と白南風のいつものやり取りを聞け、時雨は胸を撫で下ろした。


「"リリッカー"の皆さんもすいません。ダラダラと話をしてしまって」


「聞いたのは俺や、気にするな。それより、辛いことを思い出させて悪かった」


 きょうは表情こそ変わらなかったが、声のトーンが少し下がっていた。彼自身も大切な人を失い、そのことを思い出すと胸が裂かれるような気持ちになる。流師と自分を重ねているようだった。


「いえいえ、それはお互い様です。気にしないでください」


「そうか、ありがとう」


 この雰囲気に耐えかねたのか。単に気になっただけなのか。流師は響との戦闘で聞いた手拍子について尋ねた。


「そういえば、戦いのときのあの手拍子は何か意味があるんですか? とても心地のいいリズムでしたが」


「ああ、あれか。あれは俺ら"リリッカー"が結成して、このマークが完成したときに来羅ららが嬉しくて手を叩いたのがきっかけや」


 "リリッカー"で揃えたパーカーの背面に描かれたロゴを指差し、過去を懐かしむように言葉ことはが言った。


「来羅とつむぎは嬉しいとき、幸せなときにパン! パン! って手を叩くねん。幸せなら手を叩きましょうって曲あるやん? あれあれ」


 皐月さつきの声は明るく、自慢げに語る。


「パン! パン! だけやとシンプルすぎるから、キョウがカッコよく変えてくれたんや。といっても、俺らが好きな曲からのサンプリングやな」


 言葉がわかりやすく捕捉してくれた。響はトラックメイカーをしている。音を作ることに関してはプロフェッショナルなのだ。


「そうなんですね。ところで、皆さんはどうやって"リリッカー"を組まれたんですか」


「全部、つむぎのおかげや。つむぎがせっかくやから俺らでクルーを作ろって提案して……ほんでできたんや」


 言葉が寂しそうに答える。それを見た流師は質問の選択を間違えてしまったと少し後悔した。


「あいつが俺らを繋いで居場所を作ってくれた。俺らの家族で俺らの恩人。そんな奴があんな殺され方していいわけない」


 響の言葉に室内に再び悲しみが滲み出した。


「警察は、シャブのオーバードーズで狂ったつむぎがバイクの事故で死んだ言うてたんやけど。

 でも、そんなわけないねん。

 シャブなんか使うわけないし、そもそもつむぎはバイクの免許は持ってたけど、いつも響か言葉の後ろ専門やってんもん」


 いつも明るい皐月もつむぎのことになると辛そうに話す。抑揚の端々にはやるせなさと怒りが潜んでいる。


「だから、殺しだと?」


「そうや。なんでか詳しいことは分からんけどな。それを知るために、借りを返すために、俺らは行くんや」


 組んでいた手を強く握り締めなおして、響は続けた。


「改めてちゃんと言っとく。お前らとは手を組む。

 警察は嫌いやけど、お前らは普通の警察じゃない。

 手を組むくらいはしてもいい。ほっといても首突っ込むんやろうしな。

 でもな、俺らの手でやらせてくれ。ついてくるのは構わんけどな」


「分かりました。よほどのことがない限り私たちは手を出しません」


「頼んだわ」


 その後、各々が会話を楽しみ、会はお開きとなった。時雨の部屋に皐月、白南風の部屋に来羅が泊まり、響と言葉は流師の部屋で過ごすことになった。


 翌日、任田からの情報の裏が取れた。その日は皆、療養し決戦の日に備えた。


 そして、朝を迎える。


 借りを返す日が訪れた。

 

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