救世主
言葉と来羅に続いて
***
俺とつむぎの出会いはクラブの路地裏やった。
あの日つむぎは、兄のコトノハこと
俺も言葉と
やけど、俺と他のアーティストとの差は歴然やった。
客は俺には見向きもしてへんかった。
俺の出番を休憩やと思ってたんかな。
トイレに行く奴、一服しに行く奴。
俺のステージのときにはほとんど人はおらんかった。
俺は自分の音楽にもパフォーマンスにも自信があったのに、客の質が悪かった。運が悪かった。
いや、言い訳やな。
単に俺の実力不足やったと思う。
俺の音楽では誰の心も動かされへんかってん。
最前列で目をキラキラさせて楽しんでたつむぎ以外は。
周りに人がおらんことも気にせず、つむぎは全力で俺のステージを楽しんでくれててん。
それが何よりも救いで、俺は最後まで全力でパフォーマンスをやり切れた。
今晩だけは、最後にこの人のためだけに歌おうって、そう思えた。
もし、つむぎがおらんかったら、俺は途中で糸が切れたように全てを諦めてたと思う。
ライブが終わって、俺は一人でシトシトと雨が降る薄暗い路地裏の段差に座り込んでた。
どんなけ頑張っても結果はついてこんかった。
これも言い訳。
やっぱりどこまでいっても俺の実力不足。
全部自分のせいやけど、人のせいやと疑いたくなってん。
そんなことは分かりつつも、分かりたくはなかった。
(もう辞めよう。この道以外ろくに何もしてこんかった俺が、今から何かできるか分からへんけど、音楽はもう辞めよう。
適当に仕事見つけて、普通に暮らそ。
完全に辞めんでも趣味でええやん。
それでいいやん。なんも悪くないやん……)
夢を諦める口実を探して、自分に言い聞かせてたときに、俺に近づいてくる足音に気づいた。
誰かに情けない自分を見られたくなくて、そいつに気付かん振りして地面を眺めてた。
気付いたら足音は消えて、さっきまで浴びてたはずの雨が止んでた。
晴れたんかなって見上げたら、俺に傘をさしてくれてる人がおった。
見覚えがある人。
ついさっき俺を救ってくれた人。
俺のラストライブを捧げた人。
俺の救世主。
そう、そこにはつむぎがおった。
雨なんか降ってへんでって平気な顔して、つむぎは濡れながら、俺に傘をさしてくれてた。
「さっきのライブ、うちめっちゃ感動しました! 次、いつライブするんですか?」
「ありがとう。でも、今日でおしまいやねん」
「なんでですか?」
「誰も聴いてないから」
「誰かに聴いてもらうためにやってたんですか?」
俺は何も言い返されへんかった。
「ごめんなさい、知ったような口をきいて。でも、誰にも聴いてもらわれへんからって辞めないでください」
「なんで?」
上手く笑えず、引き攣った顔でつい聞き返してもうた。もう努力が身を結ばんのも、同世代の奴等が売れていくのを後ろから指咥えて眺めてるのも懲り懲りやった。
「だって目の前のステージに誰よりも全力やったじゃないですか! 人数もステージの大きさも関係なく、ただただ全力で輝いてた。
うちの言ってることは綺麗事やと思います。実際は、みんなに聴いてもらって、それが評価されるのがいいと思います。
でも、うちは汚い世界やからこそ、せめて綺麗なことを言いたい、思いたいんです。
自分が綺麗やと思う生き方をしたいんです。それに……」
そこで言葉を区切ったつむぎは舞台の上から見たあの笑顔で、スポットライトもないのに瞳が奪われてしまうような眩さで続きを話してくれた。
「それに、ここにいます。うちがいます!
誰にも聴いてもらわれへんなんか嘘つかんといてくださいよ!
皐月くんの音楽は全力で、ほんまに綺麗やった。あの最高のパフォーマンスをしてくれるなら、うちは何回でも皐月くんの曲聴きに行きますよ?」
誰よりも真っ直ぐなつむぎの眼差しに、真っ直ぐな言葉。
あのときの俺にはそれがめちゃくちゃ刺さった。
俺が一番まっすぐじゃなかったから。
自分と自分の音楽を信じられへんくて、ブレブレやったから。
めっちゃ嬉しかったけど照れ臭くて、恥ずかしくて話題を逸らすように変えたのを今になって後悔してる。
真っ直ぐになれてない俺にとっては、つむぎの輝きは少しむず痒かってん。
「雨濡れてんで。俺はもう大丈夫やから、自分にさし」
「いいんです。うち、雨好きやから」
「なんで雨好きなん?」
「だって、雨って綺麗じゃないですか!
うちの汚いもんとか穢れみたいなもんとか、全部綺麗さっぱり洗ってくれてるみたいで好きなんです。
"Some people feel the rain. Others just get wet."って言葉知ってます?」
「どうしたんや急に、もちろん知ってる。神様の言葉やもん。物語は捉え方次第って感じで、俺の好きな言葉やで」
「今もそうやと思います。皐月くんの捉え方次第。ドン底から這い上がるのが、うちの好きな音楽ですよ」
そう言うとつむぎは、自分がさしてた赤い薔薇の傘を俺に手渡した。
「この傘あげます。傘がいらんくなったら返してください。それまでは続けてくださいよ? 約束!」
言葉と傘を残し、いたずらに微笑む彼女は通雨みたいに颯爽と去っていった。
俺は、彼女のおかげで雨の降る日々を乗り越えることができた。
つむぎとの会話が今でもめちゃくちゃ俺の中で残ってる。
あのときの胸を締め付けられるような感覚、自分の情け無さ、目を覚ましてくれたことへの感謝を俺は決して忘れることはない。
やのに、俺は俺の救世主を救われへんかった。
彼女は枯れ、俺の中で再び降り出した雨は、とても一本の傘で凌ぐことはできん。
俺はとうとう借り物を彼女に返すことができんかった。
大事な仲間との約束を守られへんかった。
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