「あんた、さっきから一言も話してなかったね。女だからって気が引けてるの?」


「……」


「なに? 文句があるなら言ってみなさい」


 白南風しらはえは"リリッカー"の女性メンバーと相対していた。


 女は使い込まれたスニーカーにスウェットを履き、全開にしたパーカーを着ていた。パーカーの下は奇しくも白南風と同じ服だった。


「服のセンスはいいんじゃない」


「……」


 女は顔色を一切変えずに、ただただ白南風を注意深く凝視していた。


「あっそう。私もおしゃべりな女は嫌いだからそれでいいわ」


 一瞬。ほんの一瞬。


 白南風が短く整えた髪を左手で払い、焦点が女からズレた瞬間――女の左のハイキックが白南風に炸裂した。


 白南風は辛うじで回避したが、それでも右のこめかみを掠め、鮮血が滴る。


 白南風は女から焦点こそ外しはしたが、それでも間違いなく彼女を視界に捉えていた。それにも関わらず、不意をつく女の高速の蹴りを受けたことで、白南風のスイッチが切り替わる。


「そう。お望み通りやってあげる」


 白南風は拳を目線まで上げ、ゆっくりと構えた。


 ――彼女の動き、かなり速い。それに、構えからしてサウスポーじゃないのに、あのスイッチからの蹴り。戦い慣れてる……。


 白南風は女から離れ、間合いを取った。


 ――彼女、考えなしに戦っていい相手じゃない。


 相手に遠距離からの攻撃手段があるかはわからない。   

 だが、白南風にはその手段がある。

 

 白南風は風を操る銘力者。

 故に、離れていても風で攻撃することができる。

 今までもそうして戦いを乗り越えてきた。


 ――距離を取って戦えば、勝てる。


 白南風は手に風を集める。

 冷んやりとした手に、申し分無い力が籠ったのを感じた。

 その手を女に向け、風を目一杯に放つ。

 

 しかし、手元を離れた風は瞬く間に霧散した。


 ――まだ、本調子には及ばないか……でも、私は大丈夫。もうやれる。立ち止まるのは、もう辞めた……!


 今度は白南風から女に詰め寄り、近距離で乱打戦をしかける。

 しかしそれは、相手も望む所。

 二人の間にキックとパンチが激しく入り乱れる。


 両者互角のまま数回の攻防を繰り広げた頃、白南風は異変に気付く。

 白南風にとって不吉な変化に。


 ――彼女。速度、威力、全部のギアが上がってる。

   いや、上がり続けている……!

   スロースターターとか、そんな範疇じゃないっ!


 この一瞬の焦りが、白南風に危機を招いた。


 女の左フックのフェイントに釣られて、渾身のボディブローをもらい、白南風はたまらず身体をくの字に曲げた。


 ――まずい……!

 

 下がった頭を両手で掴まれ、強烈な跳び膝蹴りが白南風の顔面に炸裂した。

 白南風の身体は宙に浮き、そのまま背中から床に倒れた。


 


 ――あれ……私なんで倒れてるの……何してたっけ。


 白南風の記憶は飛んでいた。

 ほんの一瞬、意識を失っていたのだ。


 ――ここ、どこ?


 意識は朦朧とし、焦点も定まらない。

 白南風は上体を起こし、数度瞬きをした。


 次に目を開いたとき、白南風の眼前に、迫り来る使いこまれたスニーカーが見えた。


 ――……!


 白南風は反射的に転がるように避け、立ち上がる。

 身体は重く、立つのもやっとだった。


 ――思い出した。こいつ、絶対許さない!


 鼻血を拭い、口内に溜まった血を吐き捨てる。

 白南風に闘志が漲る。


「お待たせ。第二ラウンド開始よ」


 威勢を張ってみたものの、白南風に力はそれほど残っていなかった。

 もう、さっきまでのように近距離で激しく殴り合うことはできない。


 ――彼女のあの威力。仕掛けはわからないけど間違いなく銘力。なんとかしないと……。


 しかし、女は待ってなどくれない。

 白南風が弱っている今が勝機と、間合いを一気に詰めてくる。


 白南風はどっしりとした待ちの構えに変えた。


 ――今の私に殴り合う力は無い。

   一発で、決める……!


 白南風は握り拳を解き、掌底の形をとった。


 そこに、女が間合いへ入ってくる。

 お互いの攻撃が届く間合いに。


 女はこの戦い最速最高のラッシュを放ち、白南風はそれを掌でなんとか捌く。

 しかし、それも最初の数手だけだった。

 女の攻撃を流していた手は、拳を受けた反動で大きく逸らされてしまった。


 勝機とばかりにガラ空きの白南風の顔面へ、女の右ストレートがとどめを狙う。


 白南風の防御はもう、間に合わない。


 後十数センチで決着がつく。そのとき。


 ――待ってたよ、あんたの最高の一発を……!


 白南風の右手に数多の風が流れだしていた。

 二人の髪は暴れ、女のパーカーがひらめく。


 風を纏った手は風圧で女の攻撃を弾き返し、白南風の掌底を加速させた。

 さらに、インパクトの瞬間手首を捻ることで、衝撃を増大させる。

 

 間に合うはずのなかった一撃を。

 勝利の天秤を逆転させる一発を。

 白南風は女のみぞおちへと打ち込む。


「弾き飛ばせ。《風掌ふうしょう》! 舞い踊れ!」

 

 白南風渾身のカウンターが女に炸裂した。


 女は苦悶の表情を浮かべる。

 捻りを加えられた掌底により、身体が宙で九十度回転して、壁にめり込んだ。

 女の意識はそこで途絶えた。


「ふぅ、ギリギリだった。あなた、後で名前くらいは聞かせてね」


 流れる自身の血を拭い、白南風は勝利に安堵し床に倒れるように寝転んだ。


白姉はくねえ。私、もう大丈夫だよ」


 白南風は目を閉じ、静かに想いを馳せた。

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