パン パパン パ パンパンパン


「では、話し合いを」

 

「いや、殺し合いや」


 "リリッカー"の眼鏡の男の言葉が戦闘開始のコングだった。


「二人とも失敗しました。すいません!」


 時雨日々生しぐれひびきは、班長である流師善彦ながしよしひこと副班長の白南風喜己しらはえききに謝罪した。せっかく二人に託された役割を全うできず、時雨は奥歯を噛み締める。


「構いません。私が二人を相手します。白南風君と時雨君は一人ずつお願いします」


「「了解」」


 流師の指示に、白南風と時雨は勢いよく返事をして、敵を迎え撃つ。


「命の恩人と戦いたくないんです。でも、許してください」


 以前、特課ビルの前で時雨が助けた皐月さつきは、そう言いながら時雨にタックルをした。それは、とても命の恩人に繰り出すような威力ではなかった。かなりの力で押し込まれ、時雨はズルズルと後方に運ばれていく。


「べつにいいよ。助けたことは今も後悔してないしっ!」


 時雨はしがみつく皐月を振り払おうとしたが、なかなか動かない。


(服で気付かんかったけど、こいつガッチリした体格やなっ)


「俺の力はここじゃ使いにくいんで、一緒に外まで来てもらいます」


「俺の力……?」


 皐月は時雨を掴んだまま、勢いよく非常口を飛び出し、そのまま二人は階段から転げ落ちた。


 *** 


「あんた、さっきから一言も話してなかったね。女だからって気が引けてるの?」


「……」


「なに? 文句があるなら言ってみなさい」


 白南風は"リリッカー"の女性メンバーと相対していた。


 女は使い込まれたスニーカーにスウェットを履き、全開にしたパーカーを着ていた。パーカーの下は奇しくも白南風と同じ服だった。


「服のセンスはいいんじゃない」


「……」


 女は顔色を一切変えず、ただただ白南風を注意深く凝視していた。それは、獲物を狩るハンターのような鋭い目つきだった。


「あっそう。私もおしゃべりな女は嫌いだからそれでいいわ」


 一瞬。ほんの一瞬の出来事だった。


 白南風が髪を左手で払い、焦点が女からズレた瞬間――女の左のハイキックが白南風に炸裂した。


 白南風は辛うじでそれを回避したが、それでも右のこめかみを掠め、鮮血が滴る。


 焦点こそ外しはしたが、それでも間違いなく白南風は女を視界に捉えていた。にも関わらず、不意をつく高速の蹴りを受けたことで、白南風のスイッチが切り替わる。


「そう。お望み通りやってあげる」


 白南風は拳を目線まで上げ、ゆっくりと構えた。


 ***


「おい、言葉ことは俺がやってもええか?」


「待て、きょう。じゃんけんや」


 言葉と響は、どちらが流師と戦うかを揉めていた。


「私はニ対一でも構いません」


「俺らはダサいことをしたくないだけや。お前は黙っとけ」


 会話に割り込むなと、言葉が流師をあしらった。


「ダサいこと?」


「二人で一人やるのはダサい」


 さも当たり前と響は流師の発言を一蹴する。


「紳士的ですね」


「そういうことちゃう。俺らはただカッコよく生きたいだけや」


「なるほど」


「「最初はグー、じゃんけんぽんっ」」


 かなりローテンションのじゃんけんを繰り広げた二人。じゃんけんの結果、響が流師と戦うことになった。


「言葉君もいつでも参加して構いませんよ」


 流師は邪魔にならないよう隅で座る言葉に声をかける。


「入ってきたら、しばく」


 響は言葉に警告をする。負けるなど万が一にも思っていないが、言葉に助けられたとなれば、響にとってはダサいことになるのだ。


「いいですか?」


「おん」


「では、始めましょう」


 ♪

  パン パパン パ パンパンパン

  パン パパン パ パンパンパン

                 ♪


 響が手拍子を始めると、言葉も笑みを浮かべながら、真似るように手拍子をした。重たいリズムを刻み、乾いたクラップ音が室内にこだまする。不穏な雰囲気が漂い始めた。


「あんたはリアルかフェイク、どっちやろな」


 響がニヤリと呟くと、突然、流師の視界がぼやけ始めた。

 頭の中がグラングランと回る。

 まるで脳みそを直接シェイクされたように、流師の見る世界が大きく転げ出した。

 バランス感覚が失われ、流師はよろめき、膝をつく。


 ――これは、まさか……。


 響はすかさず、怯んだ流師にローキックをお見舞いする。

 ローキックといっても、今の流師の体勢では顔面直撃コースだ。


「善良な市民が、こんなにも躊躇いなく人の顔を蹴り抜くとは驚きです」


 間一髪。

 流師はなんとか両手で響の蹴りをガードすることに成功していた。

 しかし、響の蹴りの威力は凄まじく、ガードした流師の両手はジンジンと痺れた。


「俺も驚いた。これで終わりやと思ったんやけどな」


「なぜ、さっき不思議な力という言葉で過剰反応したか理解しました。あなたがその力を持っているからですね」


 流師は痺れを解くように両手をぶらぶらと振りながら、響に確認した。


「半分正解で半分不正解」


「では、今から答え合わせをしましょう」


「残念。俺は勉強が嫌いや」


 パンッ――再度、響は手を叩くと、鋭い破裂音が響く。


 ――この攻撃を無防備で喰らってはいけない。


 響が手を叩くそぶりを見るやいなや、流師は瞬時に耳を塞いだ。


「やっぱり、そういうことか」


 眼鏡をかき上げ、響は続ける。


「お前も能力者か」


「御名答。勉強が嫌いな割には賢いですね」


「能力での戦いに慣れてないと、あんなすぐに対策できひんやろ。あと、俺は勉強が嫌いなだけでアホちゃう」


「そうですか。能力があることがバレたなら、もう私の力を隠す必要もなさそうですね」


 パリィン――何かが割れる音がした。


 響と言葉の不安を駆り立てる。そんな音だった。

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