Shall we dance?


 クラブに到着した三人は、難なくセキュリティーを通過した。入り口をスムーズに通過するために、装備は全て特課ビルに置いてきている。


 中へ足を踏み入れると、重低音が全身を揺らし、DJのスクラッチ音が響く。照明は暗く、壁に張り巡らされたネオンチューブが断続的に色を変える。少し煙たいフロアの中央は、若者でごった返していたが、班長の流師善彦ながしよしひこはすっかり馴染んでいた。


(そういや、班長っていくつなんやろ。カッコいいから若く見えてるだけなんかな)


 入場した流れで浮ついた空気の中、時雨日々生しぐれひびきは、薔薇の傘の人物を探すという本来の目的を思い出す。


「ここからどう探すんですかっ!」


 爆音で流れる音楽に負けじと、時雨は大声で流師と副班長の白南風喜己しらはえききに問いかける。


「すいません。貴重な体験なのでつい羽目を外してしまいました」


「意外といけるんだ、ヨシさん」


「厳しい家庭で育ったので、こういうのも悪くないと思ってしまって。ですが、私達も仕事なので、切り替えましょう」


(班長、めっちゃ上品な家庭で育ってそう)


「と言っても、ここでの礼儀作法を知らないのですが、白南風君はわかりますか?」


「大丈夫。今日は私に任せて待ってて」


 頼りにされたのがよほど嬉しかったのか、白南風の声のトーンはいつもよりやや高い。そして、白南風は人をかき分けるように、人混みの奥へ消えていった。


 時雨は初めてのクラブに戸惑い、キョロキョロとあたりを見渡していた。爆音で流れる音楽と揺れる人混みがどうも時雨の気持ちを騒ぎ立てた。


「時雨君、落ち着かないのなら、一つ私と踊りますか?」


「え?」


「こう見えて私、ダンスには少し自信があるんです」


「でも、こういった所には来たことないんですよね?」


「ダンスはどこでもできますよ。さ、ほら、行きましょう」


「ちょ、待ってくださいっ」


「Shall we dance?」


 普通ならただのキザな台詞も、流師にかかれば映画のワンシーンに様変わりだ。全日本紳士選手権があれば間違いなく彼が優勝するだろう。そして、流師は無理やり時雨の手を引き、踊りだした。


 確かに流師のダンスは達者で、時雨を巧みにリードしていた。


 しかし、ここはクラブ。


 こんなところで流師と時雨は社交ダンスを披露していた。無駄に流師の踊りが洗練されているせいで、フロアから熱烈な視線を浴びていた。

 

 踊り終わり、可憐にポーズを決めると拍手まで起きてしまい時雨は赤面した。仕事でなければすぐにでも出口に駆け込みそうだった。


「二人とも何してるの」


「せっかくクラブに来たので踊っていました。いい準備運動になりました」


 爽やかに流師が白南風の質問に応える。彼は汗一つかかず涼しげな顔をしていたが、対照的に時雨は、任務前にも関わらず、冷や汗をかきげっそりとしていた。


「時雨君、是非また踊りましょう」


「そのときはどうか場所を選んでいただけると……」


「白南風君もどうですか?」


「結構です」


「そうですか。それは残念です」


 がっかりする流師を横目に、白南風は淡々と続けた。


「"リリッカー"がどこにいるかわかりました。彼等はVIPルームにいるようです」


「では、私達もそちらに向かいましょう」


「でも、問題が」


「お金ですか?」


「いいえ。VIPルームは"リリッカー"が貸切にしているの」


「何か入る口実が必要ですね」


「はい、そうなります」


 三人はバーでドリンクを貰い、フロアの隅の卓で作戦会議を始めた。その間何度も白南風はナンパされたが、その都度、男を威圧し追い払っていた。実にたくましい上司だ。


「つまり、彼等が僕達に会いたくなるような話が必要ってことですよね?」


「そうね」


「困りましたね」


「捜索している銘力者は、ドラッグの売買に関係しているんでしたよね?」


「そうですが、どうかしましたか?」


 時雨はある妙案を思いついた。


「もし本当に探している銘力者と関係があるなら、ドラッグ関連の話に関心を持ってもらえるかなって思ったんです。例えば、新しい覚醒剤を試してみないか? みたいな」


「なるほど」


「一か八かやってみる?」


「時間も惜しいですし、それで行きましょう。会えさえすればこちらのものです」


 作戦が決まると三人は早速行動に移した。


 VIPルームの前に着くと、入口を塞いでいたセキュリティーに話を通した。ここで覚醒剤と露骨に話すのも躊躇われたので、セキュリティーには仕事の話と濁し、リリッカーの一員と通話することが許された。

 作戦立案者ということを盾にされ、半ば強引に時雨が通話することになった。


「仕事ってなんや」


「新しいブツがあるんですけど、試してみませんか?」


「あ?」


(ヤバい、こないだのヤクザより怖いかも……)


 電話越しにドスの効いた声が聞こえる。フロアの重低音にも負けない圧があり、声だけでイライラしている表情が容易に想像できた。


「あの、覚醒剤です。是非、"リリッカー"の皆さんに試して欲しくて……」


「俺らが、"リリッカー"って知ってて、シャブ売りに来たんか……」


 プツン――そこで通話は途切れてしまった。


(まずい、失敗した)


 セキュリティーがイヤフォンを押さえ何かを話した後、何故か時雨たちはVIPルームへと通されることになった。


「でかしました時雨君」


「やるじゃん」


「は、はい……?」


 相手の返答が聞こえていなかった二人は軽やかな足取りで目的地へと向かっていく。しかし、時雨は嫌な予感をしながら、イオンに照らされた階段を登っていった。


 階段を登りきり、お目当ての扉をノックすると、中から先ほど聞いた威圧的な声が聞こえた。


「入れ」


「あっ」


 時雨はドアノブに手を伸ばしたそのとき。白南風は何かを思い出したように呟いた。


「もう手遅れなんだけど、リリッカーはアンチ覚醒剤で有名だったこと。今、思い出したわ」


「白南風君。それは本当に手遅れです……」


 扉はすでに開き始めていた。

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