第6話 招かれざる来訪者と過去の清算

俺たちがDランクダンジョンからCランク級の魔物を討伐して帰還したというニュースは、瞬く間にギルド中に広まった。もはや俺たちを「地味スキルで追放された役立たず」と見る者はいなくなり、代わりに向けられるのは畏怖と、そして嫉妬が入り混じった複雑な視線だった。


「おい、見たかよ、【アルカナ・キー】の二人を」

「ああ。昇格したてのDランクだろ? なのに、もうBランクの依頼を物色してるって噂だぜ」

「化け物かよ……」


そんな周囲の声をBGMに、俺とリリは着実に依頼をこなし、パーティーランクを上げていった。あれから一ヶ月。俺たちはすでにCランクパーティーへと昇格し、その名はギルド内で知らぬ者がいないほどの「超新星(スーパールーキー)」として扱われるようになっていた。


稼いだ金で、俺たちは街の中心部にある、少し広めのアパートに引っ越した。安宿とは違い、キッチンも談話スペースもある快適な住まいだ。そこを拠点に、俺は夜な夜なスキルの研究に没頭し、リリは魔法の訓練に励む。充実した、穏やかな日々だった。


その日、俺たちは依頼を終えてアパートに戻ると、扉の前に見慣れない人影が立っていることに気づいた。フードを深くかぶった、痩せた男。どこかで見たことがあるような気がしたが、思い出せない。


「……何か御用でしょうか」

俺が警戒しながら声をかけると、男はゆっくりとフードを上げた。その顔を見て、俺は息を呑んだ。

「ゲイル……さん……」

そこに立っていたのは、【神託の剣】の剣士、ゲイルだった。かつて俺を侮蔑し、追放に加担した男の一人だ。だが、彼の姿は俺の記憶にある傲慢な剣士の面影はなく、頬はこけ、目には生気がなかった。


「アッシュ……久しぶりだな」

か細い声で、彼は言った。

「何の用ですか。俺はもう、あなたたちとは関係ないはずですが」

俺は冷たく言い放つ。隣でリリが、俺を庇うように一歩前に出た。


「頼む……! イグニスを、パーティーを助けてくれ!」

ゲイルは突然、その場に膝から崩れ落ち、俺たちに向かって土下座をした。

「助けてくれ……? 何を言っているんですか」


ゲイルの話をまとめると、こうだった。

俺とリリが抜けた後、【神託の剣】は坂道を転がり落ちるように凋落した。アッシュという完璧な雑用係を失い、冒険の質は著しく低下。リリという主砲を失い、戦闘能力は半減。彼らはSランクという地位に見合わない失態を繰り返し、ギルド内での評判は地に落ちた。

焦ったイグニスは、名誉挽回のために無謀なダンジョン攻略に挑み、その結果、パーティーは壊滅的な打撃を受けた。盾役のドレイクは片腕を失い引退。そしてリーダーであるイグニスは、強力な呪いを受けて再起不能となり、今はベッドの上で廃人同様の生活を送っているという。


「高位の神官にも見放されたんだ……! イグニスの呪いを解ける奴なんて、もうどこにもいない……。だが、お前なら……! お前のあの奇妙なスキルなら、なんとかできるんじゃないかと思ったんだ!」

ゲイルは必死の形相で俺に懇願する。


「……馬鹿なことを」

俺は冷たく言い放った。

「あなたたちは、俺のスキルを『地味スキル』『役立たず』と蔑み、追い出した。今さら、そのスキルに助けを求めに来るなんて、都合が良すぎるんじゃないですか?」

「それは……! 悪かった! 俺たちが間違っていた! だから、頼む! この通りだ!」

ゲイルは、床に額をこすりつけて何度も謝罪する。その姿は、哀れとしか言いようがなかった。


「アッシュさん……」

リリが、心配そうに俺の袖を引く。彼女の優しい瞳は、ゲイルの姿に同情しているようにも見えた。

俺はしばらく黙って考えていた。イグニスやゲイルに、同情の気持ちなど微塵もない。自業自得だ。だが、このまま見捨ててしまって、本当に良いのだろうか。


俺が求めているのは、彼らへの復讐ではない。俺自身の力で、誰にも文句を言わせない未来を築くことだ。ならば、ここで過去を完全に清算し、彼らの存在を俺の物語から完全に「退場」させるべきではないか。


俺は、決意を固めた。

「……分かりました。一度だけです。イグニスさんの元へ案内してください」

「ほ、本当か! ありがとう、アッシュ……!」

顔を上げたゲイルの目には、涙が浮かんでいた。


俺とリリは、ゲイルに案内されてイグニスがいるという安宿の一室を訪れた。そこには、かつての傲慢なリーダーの姿はなく、ただ虚ろな目で天井を見つめるだけの、痩せこけた男が横たわっていた。彼の体からは、おぞましいほどの濃い呪いの気配が立ち上っている。


「イグニス……アッシュが来てくれたぞ!」

ゲイルが呼びかけるが、イグニスは反応しない。

俺は黙ってベッドに近づき、彼にかかった呪いをスキルで“視た”。

(……これはひどいな。精神汚染系の複合呪いだ。放置すれば、魂ごと腐り落ちるだろう)


俺はイグニスのステータスカードを手に取り、スキルを発動させた。

(スキル【整理整頓】――イグニス・フォン・アルフレイドにかけられた“全ての呪い”を“分解”し、“無に還す”)


俺の手から放たれた淡い光が、イグニスの体を包み込む。彼の体から、黒い靄のようなものが次々と引き剥がされ、霧散していく。それはまるで、長年溜まった部屋のホコリを、一気に掃除機で吸い取るような感覚だった。


数分後、部屋に満ちていた邪悪な気配は完全に消え去った。

イグニスの瞳に、ゆっくりと光が戻ってくる。


「……ここ、は……? 俺は……?」

「気がつきましたか、イグニス様!」

「ゲイル……? それに……アッシュ……? なぜお前がここに……」

イグニスは、状況が理解できず混乱している。


俺は、そんな彼に静かに告げた。

「あなたにかけられていた呪いは、俺が解きました。これで、貸し借りはなしです」

「お前が……? あの【整理整頓】で……?」

「ええ。あなたたちが捨てた、そのスキルで」


俺はそれだけ言うと、部屋を後にしようとした。

「待ってくれ、アッシュ!」

イグニスが、ベッドから身を起こして叫ぶ。

「俺は……俺は間違っていた! お前の力が必要だ! 【神託の剣】に戻ってきてくれ! リリもだ! 今なら、副リーダーの座を用意する! だから……!」


その言葉を聞いて、俺は静かに振り返った。そして、心の底から、ただ純粋な事実として、彼に告げた。


「お断りします。俺たちのパーティーは【アルカナ・キー】です。それに……もうあなたたちのいる場所に、俺たちが求めるものは何もありません」


俺の言葉に、イグニスとゲイルは絶望の表情で固まった。彼らは、自分たちが何を失ったのか、この瞬間、本当の意味で理解したのだ。


俺とリリは、二度と振り返ることなくその部屋を後にした。

これで、過去との清算は終わった。

俺たちの前には、無限の未来だけが広がっている。


「アッシュさん、良かったんですか?」

帰り道、リリが尋ねてきた。

「ああ。これでいいんだ。俺たちは、もう前だけを向いて進んでいける」


俺は空を見上げた。夕焼けの空が、どこまでも美しかった。

地味スキルと蔑まれた俺の物語は、過去の呪縛から完全に解き放たれ、今、新たな章へと進み始める。


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最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。


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【クビ宣告】「お前のスキル『整理整頓』は地味すぎる。今日でクビだ」Sランクパーティーを追い出された俺、実はそのスキルが“世界の理”を書き換える最強の力だと誰も知らない 農民侍 @nomin70

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