第2話

それから、三人の静かな日々が始まった。


 レオとラナは、“親戚の子”ということにして、しばらくアナの家に身を寄せることになった。祖母には「遠縁の旅人が寒さで倒れていた」と説明したところ、祖母はにこりと笑ってこう言った。


「そういうことなら、歓迎しなくちゃね。二人とも、どうぞ遠慮せずにいてちょうだい」


 それ以来、屋敷には2人分の食器と毛布が増えることになった。



朝、雪がうっすら積もった中庭に、火の匂いがほのかに漂う。


「ラナ、ほらミトンつけて。冷たいと指、真っ赤になっちゃうよ」


「アナのは、ふわふわしてる〜!」


 ぱたぱたと小さな足音が廊下に響き、ラナはミトンをつけた手でアナの腰にしがみついた。にこにこ笑うラナの頬は、すでにりんごのように赤い。


 レオは暖炉の前で静かに本を読んでいたが、ちらりと二人の様子を見ると、少し顔を背けた。


「……べつに、そんなに寒くないだろ」


「ふふ、レオも欲しい? ラナとおそろいのミトン」


「……いらない」


 そっぽを向いて答える彼の耳が、わずかに赤いのをアナは見逃さなかった。



 ある日の午後、アナはスープを作っていた。祖母は昼寝中。部屋には湯気とハーブの香りが広がっている。


「……お前は、なんでこんなに人を疑わないんだ?」


 唐突に、背後からレオの声がした。


 アナは振り返らず、鍋をかき混ぜながら答える。


「んー……たしかに、昔は人の顔色ばっかり見てた時もあったけど。今は……レオやラナと一緒にいる時間が、うれしいから」


「それだけで?」


「それだけで、十分。だめ?」


 振り返ると、レオは驚いたように目を見開いていた。しばらくして、彼は小さく、ぽそりと呟く。


「……やっぱ、お前は変なやつだ」


「うん、よく言われる」


「……ふっ」


 くすっと、ほんの一瞬。

 彼の口元が緩んだ。


 その笑みを、アナは胸の奥にそっとしまった。



 夜。

 アナがベッドに向かうと、廊下に小さな影が立っていた。


「……ラナ?」


「ねぇ……こわい夢、みちゃったの」


 アナは膝を折り、ラナをぎゅっと抱きしめる。


「そっか、怖かったね……でも、大丈夫。ここにはレオも、私もいるよ」


 ラナは静かに頷き、アナの胸元に顔を埋めた。


「……アナのにおい、すき」


「え?」


「やさしくて、あったかくて、しあわせなにおい……」


 ラナの言葉に、アナの胸がきゅっとなった。


「ありがとう……ラナも、あったかいよ」



 翌日、レオが薪を割っていると、アナが小さな木の箱を抱えて現れた。


「はい、これ!」


「……なに?」


「レオのミトン。ラナのとおそろい。嫌だったら、使わなくてもいいよ」


「……」


 しばらく無言だったレオは、少しだけ顔を背けながら、それを受け取った。


「……まあ、寒いし、しかたないから」


「うん、しかたないね」


 アナが笑うと、レオはその顔を一瞬だけじっと見つめた。


「……なに?」


「……いや、なんでもない」


 (——その笑顔、なんなんだよ)


 胸の奥が、わずかに熱くなるのを、彼はまだ知らなかった。

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