第30話:「審判(Judgment)」
風が吹き荒れる。
黒雲に隠された RAIN MAKER が頭上を覆い、広大な渓谷に影を落とす。
そのカタパルトから射出された2体のうち――DARK KNIGHTが脚部スラスターを噴かし、唸るように空を切った。
重力を無視する加速で、一直線にトーカへ迫る。
迎え撃つように、トーカの両脚も熱を帯びて浮き上がる。
次の瞬間、地を蹴り飛ばした彼女の身体は矢のように空へと躍り出た。
「おおっと! 飛んだ飛んだ!」
レイヤの声が、まるで実況席から響くように会場全体を支配する。
「羽脚ユニットね。DARK KNIGHTの《
レイヤはトーカの肩口から虹色の光がオーロラのように棚引いているのに気が付いた。
「なるほど。君に縋ってる亡霊たちをエネルギーに変えてるのか。 オービスが研究していた霊子エネルギー変換炉、完成したんだね……」
空中で二つの影が交錯する。 黒剣と御札棍がぶつかり合い、金属音が激しく大気を震わせた。
(この人……強い……!)
トーカは直感する。
人間離れした挙動と速さ、暴走していた時のツナギを思い起こさせる――いや、それ以上。
そして巨剣の持つ途轍もない質量。
機械化した両腕が軋みながらも必死に耐えているが、生身のままなら瞬時に粉砕されていただろう。
(でも、今の私なら……!)
「お願い! ロジエル!」
トーカの背骨に這うように埋め込まれたユニットが光を放つ。
《脊椎同期型神経加速システム起動――=OverDrive=活動限界20秒》
薬液が脊髄を走り、神経が灼けるような感覚に包まれる。
世界が引き延ばされ、すべての動きが低速に変わった。
トーカの御札棍が加速し、次第にDARK KNIGHTの太刀筋を上回っていく。
「おおっと!固有時制御!世界がスローに見えるんでしょ?」
レイヤは楽しげに笑う。
「でも脳も神経も悲鳴上げてるけど?後でどうなっても知らないよw」
押され始めたDARK KNIGHTが、強引に黒剣を振り払う。
空間ごと裂けるかのような一撃――トーカは紙一重で回避すると、左腕を突き出した。
ガシャリと展開する義手。
露出したシリンダーから轟音が鳴り響く。
ドガガガガガガガ――ッ!
無数の散弾が、至近距離でDARK KNIGHTに叩きこまれた。
「フルオートショットガン!画ずらエグすぎw
でも無駄だと思うよ~。無駄無駄!!」
弾幕で空を覆うが、黒い鎧には傷一つ残らない。
それでもトーカは撃ち込みながら体勢を入れ替え、右腕に力を込める。
御札棍を叩き込む――直撃の瞬間、義手に仕込まれた炸薬が爆ぜた。
「おおっと! パイルバンカー!! ロマン兵装はボクも大好きだよ。勝敗度外視でさ♡」
重ねられた衝撃がDARK KNIGHTの禍々しい兜に叩き込まれ、堪えきれずに吹き飛ばされる。
顔を覆い隠す面からピシリと音が鳴った。
「でもこの辺りで選手交代かな。みんなも退屈してたでしょ?」
レイヤがパンパンと手を叩く。
地上に降り立った機械仕掛けの男の左目が怪しく輝いた。
ゆっくりと鋼鉄の左腕を掲げると、胸部の円形のユニットが回転を始める。
ブゥゥゥン。
渓谷に静かな低温がこだまする。
「ぐッ!?」
トーカの機械化した四肢が引きずられるように地上へ引き寄せられる。
「ククッ……機械化が裏目に出たねぇ、トーカちゃん♡」
レイヤの声が谷全体に響き渡る。
「磁力の檻から逃げられる機械なんていない。ARBITERはサイボーグの天敵さ」
地面に強力に縫い付けられ、トーカは身動きが取れなかった。
金属が軋み、骨が悲鳴を上げる。
「違う……!」
トーカは必死に声を振り絞る。
「……これは、私が選んだ力……みんなが、私に託してくれた。力……!!」
視界の先、――ARBITERの瞳の奥で、微かに光が揺らめいた。
トーカはそのわずかな反応に縋るように言葉を紡ぐ。
「お願い……!あなたは人形なんかじゃない!」
トーカの肩から虹色の光が翼のように広がり、周囲を満たしていく。
「なんだ?何が逆流してる?」
レイヤは訝しむ。
「みんな自分の意思で生きてた! あなたにだって……意思があるはずだ!!」
トーカの想いに呼応するように七色の光が脈打つ。
「いやいや、もうボクの人形なんだってwそんな安い芝居で……」
「……暖かな光。母の温もりを感じる。」
その声を遮るように、褐色肌の男が低く呟いた。
「……え……?」
レイヤの笑みが固まる。
「私を育み、愛してくれた……
それは実際にはトーカの必死の呼びかけだった。
彼は死亡していたわけではなく、長い間眠っていただけだった。
一瞬の沈黙のあと、ARBITERはゆっくりとトーカにその面を向けた。
「……私を起こしてくれたのは其方か?」
磁場が緩んだ。
「はいっ……! お願いします!一緒に戦ってほしい……!」
トーカは涙が込み上げるのを必死に堪えながら叫ぶ。
「心得た。泣くな、少女よ」
ARBITERは暴走する前の人類を平和のゆりかごで愛そうとしてくれていたリュミエールの意思をトーカに重ねた。
「なるほど、電池が切れてただけってわけか、何ともロボットらしいね。」
レイヤが嗤う。
「ボクの能力はあくまでも――“意思のない存在”にしか作用しないからね。
まあいいよ、また壊して直せば済む話だ。」
その声を合図に、RAIN MAKER の幾千の砲塔が一斉に向き直り、二人を狙う。
「一斉掃射。」
轟音と共に無数の砲塔が火を噴き、空を鉄の雨が覆い尽くした。
ザァァァァァ――ッ。
弾丸が大気を裂き、地形を削る音は、まるで天地そのものが崩壊するかのようだった。
しかし――。
「姿勢を低くされよ!」
渓谷に重々しい声が響いた。
弾丸は空中で意志を持つかのように失速し、軌道を歪める。
鉄の雨は一つの渦へと吸い込まれていき、その中心に立つのは ARBITER。
褐色の男の胸のユニットが、強い磁場の光を帯びていた。
ゴウゴウと渦巻く鉄の奔流。 唸りを上げながら回転を速め、音が蜂の群れの羽音のように高音へと変わっていく。
そして次の瞬間、逆流する弾幕が奔流となって RAIN MAKERへと襲い掛かった。
「なぁ――!?」 レイヤの表情が一瞬だけ凍る。
「……ーーんてね♡」 だが、すぐに唇を吊り上げた。
RAIN MAKER の周囲一帯の空気が歪んだ。
パキパキと音を立て、空気中の水分が凍り付き、やがて大気すらも氷結していく。
空間そのものが凍り付く。
磁力で加速された弾丸は空中に囚われ、停止した。
音もなく凍結し、やがて粉々に砕けて氷片と共に散り落ちる。
「“創作の主人公” ごときがァ、
血走った眼で、喉が裂けるほどに叫ぶ姿は、年頃の少女の姿からはかけ離れていた。
「絶対の防御、ZEROシステム――発動者当人が死んでるから使用限界もない!」
内部に眠る
「これを突破するのはァ!不ッッッ可能なんだよォォォ!!!」
レイヤは口角泡をとばしながら叫ぶ。
RAIN MAKER の可変ミラーがパタパタと展開し、太陽光を集光させていく。
「もう邪魔なんだよ裏切りモンがぁ!!さっさと鉄くずになりなァッ!!」
極光を一点に集めたレーザーが、ARBITER を引き裂くように地上を走った。
「ぐ……ッ!!」
鋼鉄の左腕が砕け飛ぶ。
機体を支える磁力も失われ、彼の身体は膝を折った。
「もういいよね? トーカちゃん。
あんまり長くなると
レイヤは冷めた声で呟いた。
「じゃあ、終わりってことで」
黒騎士がゆっくりと立ち上がり、再びトーカへと歩み出す。
脊椎同期型神経加速システムの反動で、トーカの身体は鉛のように重い。
指先一つ思うように動かせない。
DARK KNIGHTは黒剣を振り上げ、影のように迫る。
――絶体絶命の瞬間。
次の刹那。
切断されたARBITERの鋼鉄の左腕が、レールガンの砲弾のごとく打ち出された。
白い軌跡を残し、空気を裂いて一直線に飛翔し――黒騎士の兜を直撃する。
轟音と共に走った亀裂が、一気に全体へと広がり――パガンと音を轟かせて砕け散った。
「……後は……頼む」
その呟きと共に、ARBITERの瞳から光が完全に消えた。
「ちょ……!? ボクの大事なコレクションに何してくれちゃってんの……」
レイヤの顔が引き攣り、苛立ちが滲む。
しかし、粉々になった兜の破片は光の粒子へと変わり、黒騎士の全身を包み込む。
――やがてそこに姿を現したのは、美しき姫騎士の素顔。
“
――全ダメージのリセット及び一時限りの蘇生機能。
「ほらほらほら!! ボクの思った通りの展開だ!!
みんな、ちょっと焦ったでしょ!?
でもまだまだ、落ち着きなよ♡ ……勝負はこれからサ!」
レイヤは余裕を取り戻し、そこにいない“
姫騎士の瞳には、死を超えた強靭な意志の炎が宿っていた。
蘇った命も、再び鎧に蝕まれ長くはない。
許されているのは――ただ一撃。
骨から伝わる激痛、血管を灼く熱。
視界は霞み、思考も儘ならぬ。
それでも彼女は天を仰ぎ見ていた。
「……そこにいたか、魔王」
嗅覚と直感は過たず、打ち果たすべき敵――
頭上に浮かぶ
「は? ウソだろ……台本にないんだけど」
レイヤが目を剥き、乾いた笑いを漏らす。
トーカはその一部始終を、息を呑んで見守っていた。
(……これが……英雄……)
奪われる力じゃない。
誰かの都合に従う力でもない。
自分の意志で選び、最後まで貫く力。
――その姿こそ、人間である証明。
「お願い! あなたの力が必要なの!」
トーカは必死に叫んだ。
全身を苛む激痛に顔を歪めながら、姫騎士はゆっくりとトーカに視線を向ける。
(お前に託す――)と、その口元が動いた。
短く瞼を閉じる。
次の瞬間、大気を切り裂く声が轟いた。
「ヴァル!! ブレイカーァァァァア!!!」
黒い血を吐きながら、その剣を振り下ろす。
その一閃は祈りであり、悲鳴であり、最後の叫びだった。
時空を断ち、空を漂う要塞へと届く。
「バッ……バカ!! 敵は向こうだろ!? 何やってんだ!!!」
レイヤの声が裏返る。
絶対零度による防御が周囲を覆っている。
運動する物体はすべての運動を停止する。
――だが、“次元を断つ” という概念的な一撃に、その理は通用しなかった。
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