第28話:「改訂(Revision)」
オービスの研究室。
無数の端末や資料が整然と並べられている。
「義手は僕が適当に見繕ってしまってもいいかい?それともカタログを見る?」
「見せて。」
ロジエルの間で短い通信が行われ、一つの書式ファイルを受け取る。
トーカはそれを頭の中でパラパラとめくった。
「機械の置き換えって、全身でもやって貰えるの?」
「!?」
オービスのレンズが驚いたように見開かれる。
「もちろんさ! ただし資材には限りがあるからNILLは必要だけどね。」
「というか、僕としてはそっちをおすすめしたい。」
「生体適合性の問題もある。人間の組織や血液と人工物が完全に馴染むことはない。
次に心身の問題。心と体が一致しない。無くなった手足の感覚がいつまでも付きまとうし、一生薬を飲みながら付き合っていくしかない。
僕みたいに、完全な機械になってしまえばそういう不具合も起きない。」
「完全って言っても、脳は人間なんでしょ?」
トーカは恐る恐る尋ねる。
「いや……」そう言いながらフードを脱ぐ。
カシュッという音と共に頭部のカバーが開いた。
そこには一枚のメモリーチップ。
「僕はコレさ。」
そのチップを指差して言った。
「そう……なんだね。」
トーカはそれ以上尋ねる気は起きなかった。
「話題を変えようかトーカさん……“生身を残す意味”は何だと思う?」
「うーん。機械になった事がないからわからないよ。」
トーカは答えられなかった。
「ハハッ!そうだよね。」
スピーカーの声が愉快そうに笑う。
「僕は一つの答えに思い至った。 肉体には、祝福や呪いが宿る。
痛みや喜びが感情を呼び、それが意思や想いを募らせる。
オカルト的な技能――アーツやスキルの発現には、どうしても血肉が必要なんだ。」
金属の指先が、コンコンと机を叩く。
「この有り様だから、僕にはそれが扱えない。おかげで幽霊も怨念も、僕を素通りする。 便利と言えば便利だが……人としては随分と欠けていると思うよ」
一瞬、沈黙。
トーカはその言葉からオービスの埋める事のできない孤独を感じていた。
トーカが研究室を見渡すと、部屋の隅で虹色の光を脈動させる装置が目に入った。
筐体には【REX-04】の刻印がある。
「あれは何?」
「僕が機械化したことで失った霊的感覚を、どうにか取り戻せないかと思って作ったんだ」
オービスは虹色の光を眺めながら、淡々と続ける。
「結果、ただの発電機になっちゃったけどね」
「発電機……?」
「うん。地下四階層に充満する瘴気から、電力を抽出する仕組みさ」
そこで一度言葉を切り、オービスはトーカを見据える。
「待てよ……君さえ良ければだけど、あの装置の被験者になってくれないかな?」
「被験者……?」
「現状は瘴気を使った発電機に過ぎない。だが――人から人へ向けられる感情っていうのは呪いだけじゃない。祈りや願いだって力になるはずだ」
「君がこれまで背負ってきた想いや意志。それを燃料に変換できるかもしれない」
「私の……背負ってきた想い……」
ツナギ。シヴ。オルテオ。フィーラー。
旅の果てで出会った人々の記憶が、鮮烈に蘇る。
「それに、全身機械の僕よりも……まだ血肉を残す君の方が、適性は高い」
オービスの声は静かだった。
「みんなの思いを力に変えられるのなら……試してみたい」
トーカは小さく頷いた。
「……ちょっと待っててね」
オービスは急ぎREX-04の端末を操作し、計器に映し出される数値に目を見開いた。
「すごい……桁違いだ。何がトリガーになっているかは分からないけれど……このエネルギー量なら、燃費の悪い大型ユニットも余裕で運用できる」
「なるほどね……」
トーカはカタログの該当ページをめくりながら呟いた。
「ロジエル、ロクショウさんとアヤセさんに連絡を取ることってできる?」
《通常は30m程度の範囲でしか無線通信は行えません。
しかし、この部屋の端末と、鉛會事務所の端末を経由することで、通信範囲を拡大可能です。》
「お願い」
《対象検索中……ヒットしました。相手の許可を確認……》
《【ROKUSHO】……なんだトーカか。どうした?》
「ロクショウさん、ご無沙汰してます」
《ROKUSHO:挨拶はいい。要件はなんだ?》
「身体を機械に置き換えようと思ってます。アドバイスをいただきたくて」
《【ROKUSHO】……そうか》
少しの沈黙。
《【ROKUSHO】おい、アヤセ。トーカだ》
《【AYASE】トーカ、元気?食事はちゃんと摂っている?》
《【ROKUSHO】そういうのはいいから。トーカも義手をやるんだとよ》
《【AYASE】そう……なら、あなたにはこれがいい。》
《【ROKUSHO】ちょっと待った。どういう喧嘩相手を想定してんだ?まずは話はそれから……》
《【AYASE】トーカ、やはりこれが適切です。》
《【ROKUSHO】おい、ちょっとは俺の話も聞け!》
「アハハ!」
思わず声を上げて笑った。目尻に涙がにじむ。
久しぶりに心の底から息がつけた気がした。
オービスも交え、4人で本格的に改造のプランを整えていく。
《【ROKUSHO】……ま、こんなとこだろう》
《【AYASE】良いと思います。》
「REX-04も活用すれば、十分な出力を得られる」
オービスも頷いた。
「お願いします」
天井から複数のアームが降り、無機質なライトがトーカを照らす。
「始めるよ。」
オービスの声が淡々と響いた。
注入された麻酔薬が全身を巡り、意識は泥に沈んでいった。
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