第21話:「火継(Inheritance)」
片や、鍛え抜かれた武と肉体を誇り、真っ向から叩き潰そうとする巨漢。
片や、折れた腕を抱えながらも、勝機を探り、あらゆる計略をめぐらせる少女。
相対する二つの意思が、今まさに激突しようとしていた。
トーカは棒術にフェイントを織り交ぜつつ隙を伺う。
しかし、片腕のみでの攻撃に鋭さはなく、勝利までのビジョンはまるで見えない。
(ソロソロ決メ技ニ頼ルベキカ。)
オルテアはトーカの打ち込みを避けず、金属の義手で正面から受ける。
ガキィイン――金属同士が打ち鳴らされ、火花が散った。
そのまま右手を六尺棒に絡ませ、トーカを手繰り寄せる。
つんのめったトーカの襟首をつかみ、転がし、首への正拳突き――。
だが、その流れは思わぬ抵抗で中断される。
トーカが折れた左腕に隠し持っていたスタンバトンを、オルテオの右顔面に叩きつけたのだった。
「ムォオオッ!!!」
オルテオは思わず硬直する。
バチバチと電撃が走り、神経を焼くような痛みが頭蓋に突き抜けた。
その隙にトーカは拘束を振りほどく。
「いってぇえぇえ!!」
同じくトーカも、折れた腕から全身を貫く激痛に悶絶し、大げさに転げ回る。
(クッ……機械ニ頼ッタガ故ノ弱サカ……)
右目のセンサーモジュールはショートし、完全に沈黙した。
――追い詰められているようで、誘っている。
――負けているようで、隙を伺っている。
自分の不利さえも囮にして、決定的な瞬間を逃さず急所を叩く。
それは、かつてシヴが見せた戦い方だった。
(……ツナギさんを殺した男に倣うのは悔しいけど……)
トーカは転がりながらフラッシュライトを拾い直し、再び点滅させる。
今度こそ、視界は完全に奪われたはず――。
だが、オルテオは冷静だった。
残った左目すら閉じ、静かに呼吸を整える。
両腕を音叉のように構えたその姿は、いかなるアーツにも存在しない。
己が歩んできた戦歴と修練を複合的に参照し、この場で編み出した「オルテオ独自の構え」だった。
耳と足裏で大地を読み、呼吸で間合いを測る。
視覚を失った不利を、視覚に囚われぬ利に変えて――。
「そ、そんな……!」
古武術の前羽の構えにも似たその構えは、見えない攻撃を正確に迎え撃つ。
トーカの打ち込みはことごとく払いのけられ、撃ち落とされる。
衣擦れの音、汗の匂い――全てがオルテオの感覚へ届き、確実に迎撃されていく。
(直線ノ軌道、勝チヲ焦ッタカ……)
正面から飛ぶように迫る敵の気配。
掴み、投げ、地面に叩きつける――
しかし、異様な手ごたえ。
「何ッ……!」
それは上着を纏わせたリュックサックだった。
無防備に晒された巨躯の背へ、全力の一撃が振り下ろされた。
「そこだッ!!」
六尺棒がオルテオの右頭部を叩き砕く。
ガシャァン! 機械化された頭蓋骨が裂け、火花と黒煙が噴き出す。
巨体は膝から崩れ落ちた。
「……オ、オォ……」
口から血を零しながら、彼は笑った。
敗北の悔しさではなく、敬意と安堵を湛えて。
「ソナタトノ果タシ合イ……本当ニ快カッタゾ。」
宙に伸ばされた手を、トーカは駆け寄ってしっかりと握る。
「俺ノ全テヲ持ッテイケ。」
《オルテオからスキル譲渡の申請があります。受理しますか?》
トーカは黙って頷いた。
《スキル〈アーツ〉:空手/柔道/コマンドサンボ/テコンドー……統合候補:杖術》
「……やって」
オルテオのロジエルが淡く光り、トーカのロジエルに共鳴する。
流れ込んでくるのは、鍛錬の痛み、勝利の歓喜、敗北の悔恨、そして武こそ己の全てと信じ抜いた精神。
視界の裏側に、血反吐を吐きながら自分の生まれ育った施設で稽古に明け暮れる光景が走馬灯のように流れる。
数え切れない道着の擦り切れ、拳に刻まれた無数の痕跡。
ある日彼は自分の住まいを飛び出した。
職員たちは親切で、決して居心地が悪かったわけではない。
外界へと好敵手を求めたのだ。
それからは様々な敵との闘いの日々。
密林の生体兵器たち、自分を狙う刺客、あるいは自分と同じく身体を極限まで鍛えぬいた闘う者たち。
――その記憶の奔流は、断片ではなく、一本の燃え盛る炎のように一気にトーカを呑み込んでいった。
(……我ガ覇道ニ、悔イ……ナシ……)
その言葉を最後に、オルテオの手から力が抜けていく。
《すべての格闘アーツが〈アーツ〉:オルテオに統合されました》
全身を駆け巡る技と力。
それは確かに、彼が遺した火だった。
「オルテオ……一緒に行こう!」
敬意と感謝を胸に、トーカは背筋を伸ばす。
そして歩み出したその足は、継がれた火を新たに灯すかのように、地下へと進んでいった。
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