16:熱砂に映える蜃気楼(Replace)
「間に合ったか……死んだ甲斐はあったな、ツナギ」
男の名はロクショウ。鉛會の二代目組長。
続くように背後から現れたロクショウの腹心、アヤセが瞬時に腕を展開させる。
義手の内部から、鋭利なブレードが瞬時に伸びた。
一閃!
シヴによって張り巡らされていた極細のワイヤーをすべて切断する。
「……へえ。ヤクザのくせに、ずいぶんとハイテクじゃねえか」
シヴが口元を吊り上げる。
「こっちにも言いたいことはある。
てめえら、うちのシマで好き勝手しすぎなんだよ」
ロクショウの声は低く、鋼のように重い。
「なんで鉛會がここに……」
ドミナが苦々しく呟く。
「お前らはウチの人間を殺し過ぎたんだよ。俺を怒らせたってことだ、クソガキ」
ロクショウは首をコキリと鳴らした。
「チッ……」
ドミナは舌打ちで応える。
一方、シヴは冷静に状況を分析していた。
もはや戦力はない。
人間爆弾も切り札も、すべて使い果たした。
「……ドミナ様。引き時のようでさ」
シヴがスモークグレネードを投げ、視界を覆い尽くす白煙が辺りを包む。
次の瞬間、ドミナとシヴの姿は密林の奥へと消えた。
アヤセは追撃を駆ける姿勢を見せるが、それをロクショウは制止する。
シヴの得意とするフィールドだ。どんな罠が残されているか分からない。
そして、残された静寂の中、ロクショウはトーカの前にしゃがみ込む。
「立てるか。……そいつの死を無駄にしたくないんだったら、今は俺についてこい」
トーカは、涙で濡れた目を見開いた。
ツナギの代わりに差し伸べられたその手を、震えながらも、彼女は掴んだ。
***
トーカ達とドミナ陣営の衝突から数日後……
ドミナは追手を撒くため、地下三層へと潜航した。
焼けるような乾いた風が、人工の砂漠を這っていく。
高天井に敷き詰められた強烈な人工紫外線光が、全てを白々と照らしていた。
地下一層から三層までは、未だ人の営みが残る区域であり、同時に鉛會の支配が色濃く残るエリアでもある。
その中で、彼女は支配の力を傍若無人に行使してきた。
鉛會の構成員に目をつけられるのも当然だったが、ドミナは意に介さなかった。
余興がわりに殺し合わせたり、生きた兵器として爆弾に変えたり──好き勝手に振る舞っていたのだった。
「ロクショウ自らが出てくるなんて、ちょっとやりすぎちゃったかしらね?」
ドミナはぽつりと呟く。
「ま、新しい戦力も手に入ったし、何とかなるでしょうよ」
気のない声で応えるのはシヴ。
後方には、ここ数日でドミナが新たに支配した地下三層の人員たちが並んでいる。
ふと気がつくと、ザリ…ザリ…と砂を踏みしめる音が鳴った。
揺れる陽炎の中、ドミナたちと同じように5人組の影が現れた。
「また鉛會かしら?」
面倒そうに腕を組むドミナ。
シヴは無言のまま警戒を強めた。
「ドミナちゃん。遊びに来たよ♡」
砂漠という環境に全くそぐわない、ゴスロリ風の黒い装い。
銀髪のツインテールが揺れ、無邪気な声が響く。
少女のようで、少年のようでもある──奇妙な存在だった。
その姿にドミナは眉をひそめる。
《識別コード:
頭上の光輪デバイス、ロギエルから警告が発せられる。
レイヤの周囲には白や金を基調とした豪奢な衣装や甲冑に身を包んだ4人の配下達が、SPのように周りを固めている。
「キモいんだけど? 誰よ、あんた。」
「ええ〜?そんな言い方しないでよ。
“レイヤちゃん”って呼んでよ。ねぇ? ド・ミ・ナ・ちゃ〜ん♡」
「……虫唾が走る。何のつもりよ。」
ドミナは露骨に嫌悪を示す。
「だから、遊びに来たんだってば〜w」
レイヤは芝居がかった動作で腕を広げた。
「ボクの新しいお兄ちゃんで〜す♪……見覚え、あるでしょ?」
その言葉と共に、レイヤの脇から男が一歩、前へ出る。
衣装は華やかなものに変わっているが、両腕にはびっしりと刻まれたルーン文字。
ただ、虚ろな眼差しのまま無言で立ち尽くす。
──現れたのは、かつてドミナの配下だった男、スキズムだった。
「ふっざけんじゃないわよ!! そいつはわたしのよ!! 返しなさいよ!!」
ドミナは叫び、すかさず支配の力を行使する。
だが──
(……まるで、感触が無い?)
精神に触れる感覚が、全く伝わってこなかった。
いつもなら存在するはずの「意識」も、「抵抗」も ──そこにはない。
「どういうことなの……?」
《SCHISMの生体反応……不明です。識別コード、再認識できません》
「ダメダメ〜、もうボクのだからさ。
お兄ちゃんも、ボクの方が嬉しいって言ってるよ?」
「ねェ~!」とレイヤがスキズムに寄り添い、無邪気に笑う。
「アイツらを殺しなさい! 今すぐに!!」
怒声とともに、ドミナは新たな配下──
かつて鉛會に雇われていた賞金稼ぎの女は、ドミナの能力に囚われ、今は配下として大人しく従っている。
20代前半、金髪碧眼。
ウェスタンスタイルの衣装を着こなす、射撃のスペシャリスト。
「If I defeat them, will I get some money?
──アイツら倒したら、いくらかいただけます?」
気楽な口調でキャリバーは尋ねた。
ロジエルの翻訳により、言語の違いは無意味である。
「うるさい! いいから、さっさと殺して!!」
ドミナの眼が輝き、支配の力が強まる。
キャリバーはやれやれといった顔で腰のホルスターに手を伸ばし、銃を抜いた。
照準はレイヤの眉間。
射撃動作は滑らかで、死角も迷いもない。
──だが、その弾丸は、大盾を構えた男によって阻まれた。
「わーお、やるじゃん!」
レイヤが歓声を上げる。
両脇から控えていた二人の従者が前に出た。
いずれも銃器で武装している。
「遠距離対決といきますかッ!」
指を鳴らすレイヤ。
その合図で、スキズムを含む従者たちが一斉に襲いかかる。
スキズムは、かつての独りよがりな立ち回りではなかった。
むしろ、隊としての連携が取れ、他の仲間と絶妙な連動を見せる。
「もう何なの?!アイツ!!」
苛立ちを隠せないドミナ。
キャリバーは敵の射撃を紙一重で回避し、反撃の弾を跳弾させて一人を無力化。
さらにもう一人の銃を撃ち落とし、残るはスキズムだけとなる。
「Killed it !! ……」
キャリバーの銃弾が、スキズムの額に吸い込まれていく──
その刹那、彼の姿は掻き消えた。
「……
ドミナが漏らすように呟いた。
スキズムはキャリバーの側面へ転移していた。
すでに、怪光線を構えている。
キャリバーの表情が一瞬だけ強張る。
次の瞬間──
轟音と閃光。
キャリバーの上半身は、吹き飛んでいた。
「やったー♡ お兄ちゃん、つよいつよーい!!」
ぴょんぴょん跳ねながらレイヤは歓声を上げる。
「さ、お次はどうする?」
大盾の男の後ろから、挑発的にドミナを見つめる。
「スキズムの旦那ァ、職場が変わって生き生きしてますねぇ。
よっぽど待遇がいいと見える。」
と、シヴが呑気に茶化した。
「あんたも見てるだけじゃなくて、何とかしなさいよッ!!」
怒鳴るドミナに、シヴは肩をすくめながらポケットから何かを取り出す。
──起爆スイッチだった。
「ま、旦那も今日はいいとこ見せたし、満足だろ。」
指がボタンを押し込むと、轟音が響いた。
スキズムがドミナの配下となったその日から体内に仕込んでいた小型爆弾。
スキズムの立っていた地面は大きく抉れ、衝撃で盾の男も吹き飛ばした。
「お嬢や旦那には申し訳ないが、俺みたいな奴は、保険くらい自分で用意するもんでね。」
砂煙が晴れる。
そこに立っていたのは、服を焦がし、髪を乱したレイヤだった。
「ふっざけんな、このハゲェェェェェッ!!!」
彼女は初めてまっすぐシヴを見た。
それまでは視界にすら入れていなかったからだ。
「アンタみたいな毛むくじゃらでキモくて不細工で見てるだけで吐きそうなクソデブジジィがァァア、しゃしゃり出てくんじゃねぇぇえええんだよ!!!クソクソ! クソ! クソォォオオオ!!!!」
無邪気な声色は消え失せ、怒りに満ちた絶叫へと変わる。
地面が裂け、地中から次々と人の形をした何かが沸き上がる。
先ほどまでの、トランプの兵隊のような洗練された意匠とはまるで違っていた。
腐肉をまとい、機械部品をぶら下げた異形の群れが、地響きを伴って押し寄せる。
それはまるで、地獄の門が開いたかのような光景だった。
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