天使創造

深奥 永澄

00:砕けた断章(Undefined)

 俺の名前は、結解 晶(ゆげ あきら)。

 まあ、この世界では【SCHSMスキズム】で通ってる。

 賞金首リストの上の方に載る程度には、有名人だ。


 はっきり言って、俺の人生はクソだった。

 ガキの頃から何をやっても駄目で、誰も俺に期待しなかった。

 勉強も運動もできず、何やっても「要領が悪い」と言われて……


 それは大人になってもまるで変わらなかった。

 家、会社、家、会社、家……。

 やりがいなんてない、友達もいない。


 逃げ場は、ゲームの世界だけだった。

 ――でも、この世界はそれが現実になった。


 最初は俺だって混乱したさ。

 気づいたら知らない施設で、頭には光る金属の輪っか、

 頭の中に話しかける声、網膜に直接投影されるディスプレイ。

「転生モノか?」って思った。……実際、その様なものだった。


 この光輪型のデバイス〈ロギエル〉は、いわば脳同期型の“インターフェース”だ。

 感情と記憶を読み取って、必要なデータを寄越す。

 格闘家の動きを真似たり、武器を扱ったりする能力、あるいは超常的な力。

 そういった技能を4つまで登録して、脳に直に働きかけていつでも実行できる。


 俺の好きなゲームのビルドと一緒だ。

 スキルは施設をあさって拾ったり、商人からNILニル(通貨)で買ったり、敵を倒してドロップしたものを集めた。


 この4つのスキルの組み合わせが完成した時は、本当に嬉しかった。

 俺の人生がようやく始まるんだって思ったね。


 ■〈超常:怪光線(Ghost Ray)〉

 霊力ビーム。連射が効くし反動もない。対象が何であろうとある程度の火力を出せるのが気に入ってる。弾切れも無いしな。

 ■〈超常:未来視(Prescience)〉

 五秒先の自分の視界を見れる。1日に数回しか使えないが、自分が詰まないように立ち回れる。

 ■〈超常:フラッシュ(Blink)〉

 視認範囲の瞬間移動。こちらも回数制限はあるが、最強クラスのスキルだ。

 ■〈超常:限定解除(Unseal)〉

 スキル使用回数のリセット。未来視やフラッシュをもう一度使える。


 〈超常系〉のスキルは精神的な負荷が大きく、普通は脳が焼けるらしい。

 けど俺は違う。

 俺は人よりも強靭な精神の持ち主だから、問題ない。

 頭上のロギエルは小煩く警告を発しているが、そんなことにビビってたんじゃ、この先の戦いを生き残れない。


 俺はアマちゃんなんかじゃない。

 強くなるために何でもした。

 盗んだ。殺した。

 ゲームの世界なんだから別に構いやしないだろ?


 自分の記憶をNILに換金するなんてこともした。

 どうでもいい……

 俺の人生に、思い出す価値のある場面なんて、ひとつもなかった。


 今はとあるミッションを受けてこの密林にいる。

 なんでも、次にやってくるパイロットスーツの男を倒すと、さらに強力なスキルが得られるらしい。


 鬱蒼とした木々をかき分けるように一人の男の影が映った。


 ――来たか!挑戦者チャレンジャー

 モブなら、一瞬で消してやるよ。


 合わせるように両腕を前に構えると、怪光線を放った。

 赤い閃光が空気を引き裂き、直線上の木々が薙ぎ倒される。


 低い地鳴りと共に土煙が立ち込める。

〈怪光線〉取得の条件である、皮膚に彫り込んだ両腕の文字が、じりじりと焦げたように疼いた。

 目を細めると、土煙の中の動く人影を捉える。


 怪光線で牽制、相手の動きのパターンを読んで、フラッシュで回避しつつ、死角に飛び込んでからの怪光線。

 いつもの必勝パターンだ。


《警告:怪光線の連続使用は避けて下さい。》


「——なぁに。いつも通りだろ?ロギエル」


 木立の中を駆ける、男の気配に照準を合わせた。

 俺はもう一度腕を構え、光線を連発する。


 だが敵は木々の陰を縫うように走り射線から外れる。

 隙を見て幹の陰からハンドガンを突き出して一発。


「無駄だぜ。」

 お前がそれを撃ってくることは〈未来視〉で見ている。


 俺はまるで映像の編集点をまたいだように移動する。

 気づけば男の真横、わずか数メートルの距離に迫っていた。


「怪光線!」


 再度両腕を構えた瞬間、肩に熱を持った激痛が走る。


「ぐっ……!」


 左腕に刻まれた〈怪光線〉の刻印にナイフが突き立ち、火花を散らすように明滅していた。

(回路を潰された??)


「どこから!?……クソッ」

(ナイフを投げるモーションなんて“視て”ないぞ!!)


 使用不能となった左腕の死角に回るように、パイロットスーツの男は一気に間合いを詰める。


 まだ手はある。

「〈限定解除〉――!」

 苦しげに叫ぶ。


 頭が割れるように痛むが、跳躍の準備が整う。

(再度フラッシュ!!)


 跳躍と同時に、世界が光のフィルムのように歪む。

 目の前に男の背中が迫った。


(これで決まりだ……)

 空中で右腕を構える。


 だが次の瞬間。蹴りが顔面に突き刺さった。

 ゴギャッ!という骨の軋む音。吹き飛ばされ、地面を転がる。

 俺の意識と視界は激しく点滅した。


(嘘だ……! 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!)

(俺が“主人公”なんだぞ!? こんなところで終わるはずがない!!)


 脳が揺れる。

 アドレナリンが弾け、世界が引き伸ばされる。

 だが、悔しさと恐怖の中で、この状況を覆す答えは、どこにも見つからなかった。


「俺のッ…物語はァ……ごれガら……なンだッ……」


 血泡を吐きながら、よろめく膝で立ち上がろうとする。

 だが──もう、力は入らなかった。


 銃口が、眉間にぴたりと吸い付く。


「終わりだ。」

 目の前の男の暗く、冷たい声


 ──パンッ。


 短く乾いた発砲音とともに、世界が真っ暗になった。

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