麗子~最恐スケバン生徒会長~

有の よいち

爆誕! スケバン生徒会長

第1話 伝説、降臨

 誰が想像できただろう。

 令和の時代に、あんな人が現れることを。


 そもそも、なんで存在している?

 ——“スケバン”なんて!

 

 昭和の時代に恐れられた不良少女。

 長い黒髪、鋭い目つき。セーラー服にロングスカート、武器を構えて仁王立ち。気に入らないやつを呼び出しては、問答無用の鉄拳制裁。


 「気合い」と「根性」を高らかに叫ぶ、今ではマンガや映画でしか会えない、

——まさに、絶滅ぜつめつ危惧きぐしゅ


 そんな激レアキャラが、僕の高校に降臨した——。

 

 しかも入学早々、「生徒会長に立候補」だと!? 冗談じょうだんにもほどがある。


 こうして『清滝きよたき高校』の平凡な日常は、ひとりの“スケバン”によってブチ壊されていくのだった——。



       🔶



 入学してから一ヶ月、連休明けのある暑い日。僕の通う高校に、は現れた。


「誰だよ、あいつ」

「何あれ、ヤバッ!」


 校門前に人だかり。全校生徒は約180名、そんな小さな学校で、こんな騒ぎは見たことがない。


「あのカッコ、ありえないんだけど」

「何かの撮影なんじゃね?」


 視線の先に立っていたのは——


 腰まで届く漆黒しっこくの髪。そこからのぞく鋭い眼光がんこう。古風なセーラー服に、地面すれすれのロングスカート。右手に木刀ぼくとう、左手にカバン(たぶん中身はからっぽだ)。


 ——コッテコテの昭和スケバンじゃないか!


 しかも口に何かくわえている。まさか、タバコか? いったい何者だ、どこからいた?


 皆が様子を見守る中、校長先生がやってきた。良かったこれでひと安心――かと思ったら。


押忍おす、オヤジ!」

「オヤジ??」


 一斉いっせいに声が上がる。


「おはようございます。ようこそ清滝高校へ」

「おう、夜露死苦よろしく!」


 ていねい語にスケバン用語。ここ、本当に令和の学校か?


「とりあえず、木刀の持ち込みは困ります」

「ああ、すまねえ。これはオヤジへの土産みやげだ、受け取ってくれ」


 木刀が土産!?


「そうでしたか。それは、ごていねいにどうも」


 しかも受け取るんだ、校長。それ、アリなのか。


「それから、シガーチョコをくわえるのは休み時間にしてください」

「すまんすまん、つい口さみしくてな」


 なんだお菓子だったのか——ていうか、口さみしいってどういう意味だ?


「何か分からないことがあったら、いつでも聞いてくださいね」

「そりゃ助かる。何てったって、久しぶりのシャバだからな」


 シャバって、今までどこにいたんだ? 校長とはどんな関係だ?


 ——ふたりは周囲を全く気にせず、どこかへと姿を消してしまった。



       ◆



 教室は当然、彼女の話で持ちきりだった。


「あれ、スケバンってやつだよな?」

「あんなのアニメでしか見たことねーよ」

「ひょっとして転入してくるとか?」

「ありえねーって!」


 ふだんは刺激なんてほぼゼロの、山に囲まれた田舎いなかの学校。あんな風変わりな存在なんて、そうそうお目にかかれない。


「でも、なにげにおもしろそうじゃね?」


 退屈しのぎのつもりなのか、期待しているやつもいる。そこに、担任の田原たわら先生が入って来た。


「みなさん静かに。ホームルームを始めますよ」


 穏やかながら通る声に、場がいったん静まった。しかし、それもほんの一瞬。


「今日はこれから、全校集会があります」


 再びざわつく一年二組。


「連休明けの過ごし方と、それから……」


 言葉の先に、みんな同じ期待を抱いていた。


「……『新入生』の紹介があるそうです」


 ざわめきがどよめきに変わった。クラスで一番目立つギャル、つつみ愛衣華あいかが口火を切る。


「せんせ~、それってさっき校長と話してた?」

「そうですね」


 先生、否定しないのか。


「マジ? じゃあ、なんだぁ」

「そうですね」


 いやいや、それ認めちゃっていいの?

 その後、先生は淡々たんたんと連絡事項を伝えていった。

 


       ◆



 体育館へと移動する。すでに中は騒然としている。


「これより、臨時の全校集会を始めます」


 きっと誰も連休明けの過ごし方なんて聞く気はない。本題は、そうただひとつ——、だ。


 足利義守あしかがよしもり校長が、要点をまとめて話していく。まるで今朝の出来事など、何も無かったかのように。


 そして——はおとずれた。


「これから在校生の皆さんに、『新入生』をご紹介します」


 瞬間、会場がどよめいた。


宝積寺ほうしゃくじさん、どうぞこちらへ」


 現れたその姿を見て、全校生徒が息をのんだ。


 目に飛び込んできたのは刺繍ししゅうの文字、『喧嘩上等けんかじょうとう仏恥義理ぶっちぎり』。真紅の布地にその文字が、誇らしげに浮かび上がっている。


 あれはまさか——特攻服とっこうふくか? ‟レディース”と呼ばれる走り屋たちの正装だった気がするが。


 木刀の代わりに竹刀しない、カバンの代わりにマイク。彼女は堂々と舞台に立ち、そして叫んだ。


押忍おす! アタイは宝積寺ほうしゃくじ麗子れいこ! 夜露死苦よろしくーーーー!!」


 響きわたる咆哮ほうこう。期待を1ミリも裏切らない、筋金入りのスケバンだ。


 誰もが少しも動けずに、呆然ぼうぜんと壇上を見つめていた。場を支配したスケバンは、竹刀を肩に、まくしたてる。


「どいつもこいつもボーッとしやがって。ビビってんのか、ああ?」


 そりゃビビりもするだろう。すさまじい気迫だ。


「シケたツラばっかりだな。ちっとも気合いが感じらんねえ」


 貴方あなたと比べてしまったら、どんな人でもそうでしょう。


「おい、てめえら。ハンパな青春してんじゃねえ。全力でたましい燃やせ! 今日からアタイが徹底的に、気合いと根性ブッ込んでやる。全員覚悟しやがれ!」


 言ってることがむちゃくちゃだ。初日から喧嘩けんか売ってどうする?


 在校生だけでなく教師陣もあっけにとられている。校長だけがニコニコしている。となりにいた教頭が、たまらず校長に訴えていた。


「こ、校長、本当にあの子を入学させるおつもりですか?」

「ええ、もちろんです。きっと楽しくなりますよ」

「……正気ですか?」


 教頭はずいぶんと不安げだったが、校長はいたって涼しい顔。スケバンはにらみをかせている。


「なあ、あれ本気で言ってんのか?」

「青春とか根性とか、いつの時代だよ」

「学校を乗っ取るつもりか?」


 みんな平静を失っている。——しかし、まだ序章に過ぎなかった。体育館にざわめきが広がるのを、スケバンは黙って見ていた。


 次の瞬間——


「ごちゃごちゃうるせえな! 文句があるやつは出て来やがれ!」


 再び咆哮が襲いかかる。覇気はきが場をけ抜ける。みんなが縮みあがる中、ひとりの男が歩み出た。


「……なあ、あんた」

「何だ?」


 壇上のスケバンとにらみあう。僕のひとつ年上の、西川にしかわ太翔たいと先輩だ。


「何しにここに来やがった?」

「さっき言った通りさ」

「ああ?」


 先輩は学内きっての武闘派だ。ちょっと不良っぽいけれど、みんなの頼れる兄貴分。僕も入学当初からかわいがってもらっている。あのスケバンと互角にやり合えるとしたら、西川先輩しかいない。


「根性ブッ込むってーのは、どういうことかって聞いてんだ!」


 先輩はすごんだが、スケバンはひるまない。むしろスケバンは不敵に笑った。


「この学校を、……変えるためだ」

「は? 何言ってんだ、てめえ」


 ——そして、まさかの爆弾発言。


「アタイは、生徒会長に立候補する!!」


「はああああああああ!?」


 しかし、それだけではなかった——


「アタイはオヤジにスカウトされた!!」


「ええええええええ??」


 大混乱の体育館。けれども校長は満面の笑み。スケバンが校長を見てうなずく。校長も彼女を見てうなずく。


「おいおい、マジかよ!」

「校長のスカウト? この学校どうなっちまうんだ?」

「知らねーよ。誰か出さねえと!」


 事態の危うさに気づき、全校生徒がうろたえ出す。生徒会総選挙は5月20日——今日からおよそ二週間後。


 新参者しんざんものが入学早々、生徒会長に選ばれるはずがない。校長が後ろだてとはいえ、票が集まるとも思えない。けれど、対抗するにも——がない。


 何とか対策を講じようと、場はますます混沌こんとんとする。そこへ校長が登壇とうだんし、全校生徒に伝える。


「本日より、生徒会長ならびに生徒会役員の立候補者を募集いたします。立候補される方は、三日後までに直接校長室においでください」


 普通の生徒会総選挙なら、きっと大して盛り上がらない。だが今、清滝高校は——悠長なことは言っていられない。命をけた戦場のような状況に追い込まれている。二年生のほとんどは、同じ名前を候補に挙げた。


「西川太翔しかいないんじゃね?」

「だよね。他にはいないよね」


 三年生は困惑している。現生徒会長の再選か、そんな声が聞こえて来た。どちらも、インパクトではスケバンが優勢だ。


 ——ここに生徒会総選挙の火蓋ひぶたは切って落とされた。









 

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