詩から生まれた短編小説

柳 アキ

メイクアップ

 私には頼る存在がいない。

でも身近には“ある”


 今日もバッチリ化粧をしなきゃ。

これを使うとなんだか応援されてる気持ちになれちゃう。

流石にもう何にも言わないからわからないけど

でも、このアイシャドウとチークは絶対に外せない…!

確か大腿骨だったかな…これ。


 さてさて…!さあ仕事!

今日も立派に送り出すお仕事よ?

焼かれた本物灰色のアイシャドウ

キラキラきれい。お母さんもまるでモデルさんみたいにきれいだったな。

本来の色のチーク

私の痩せた皮にのるチークはこれしかない。お父さんもしっかり者の大黒柱。

兄さんはネイル。石になった。

みんなみんないなくなったけど

みんないるから寂しくないわ。

本当はちょっぴり嘘だけど

温かくもない

でもそうやって下を向くと

「ほら、ちゃんとしなさい!」

なんてお母さんの声が聞こえる気がした。

ぺんぺんお尻を叩く兄さんに

それを見守りにっこり笑うお父さん

だからまだ大丈夫なの!




 起きたら煙たくて、ずっと咳き込んで動けなかった。

灰で目も開けられないし

ぱちぱち燃える音がうるさくて

外で何か言ってるけど聞こえない。

「大丈夫か!」


「お父さん…?」


「かわいそうに。目が開かなくなってしまったんだね…近くまで手をつないであげる。そのままお洋服で口を押さえているんだよ?」


「…うん」

ぎしぎしぱちぱち聞いたことない轟音の中で冷たい手が私を導いた。そして外の怒号もどんどん大きくなった。

後ろで何かが倒れる音、お母さんは?兄さんは?そんな不安が熱気と共に押し寄せる。


「さあ、ここからは一人で走ってお行き?先にはみんないるから。まだここは熱くもない。さあ今のうちに!」

そう大人の強い力で背中を押された。みんなって?お父さんは?もう考えられなかった。煙で頭がもくもくしてずっとザーザーキンキンうるさいんだ。


「生存者発見!子ども1人!入り口から出てきました!」


そんな声が聞こえたあたりで私は意識をパタリとなくした。

後で聞いたが、家は全焼。隣の家にも飛び火、出火原因不明。

目覚めるとひとりぼっちで白い天井を見ていた。

いや、正確にはそう感じるだけ。もしかしたらまだ煙の中かもしれない。

目を開けても真っ暗。そして何も聞こえなかった。

でも、自分の鼓動は聞こえて。しっかり生きてるのがわかる。


「みんなどこ行っちゃったの…?」


『続いてのニュースです〇〇区で起こった火災により3人が死亡、1人が煙を吸って意識を失う重症であることが分かりました。消防が住民の通報……』

カーテンを覗くとテレビが付いていた。字幕が映像からちょっと遅れながら流れてくる。相変わらず音は聞こえなかった。でも写っていた場所は間違いなく自分の家であるとわかった。そして全てを察した。


“起きたら押してね”

これが噂のナースコールか…と眺めていたら看護師さんが来た。


「あら、起きていたのね?気分はどうですか?」


私は煙を多く吸っただけで特に体に異常はなかった。そのまま退院して……。




 大人になった。頼れる人はいなくてひとりぼっちだった。孤独は寂しい。たくさんいじめられた。顔に傷があったから。火傷痕。でも、あのときお父さんが守ってくれなかったらこんな火傷じゃ済まなかった。

だからお父さんをチークに。


 お母さんは火事にいち早く気づいて兄さんを起こしに行った。そのあとお父さんと火を消したんだって。

なぜか目の周りの損傷が激しかったんだって。

それはそうだよ。お母さんは目を大事にしていたから、その日も目の周りをオイルで保湿していたんだ。

だからお母さんをアイシャドウに。


 兄さんは起こされた後にすぐ私のところに来たんだって。でも、燃えるのが私のとこだけ遅くて。だから先にお父さんとお母さんを助けに行ったんだ。そこで落ちてきた天井の下敷きになったんだ。自分のことよりも他人を優先して行動する兄さん。私がいじめられたときも、そいつのことぶん殴ってちょっと問題になったり、私が泣いたらすぐに駆けつけてくれてとっても頼りになる兄さん。どうしても目につくところにいて欲しくて骨を砕いて人差し指のネイルに埋め込んだ。


 さてさて…!さあ仕事!

今日も立派に送り出すお仕事よ?

きれいなそれは今日も運ばれてくる。

ちゃんと勉強したしみんながついてるから完璧よ?

なきがらのメイク屋”

私は出来なかったけど、最期くらいはきれいでいて欲しいから。そういう願いは万国共通。

みんなの優しい気持ちをそっとメイクに込める。

するとどうだ。動かないのに笑ってるみたい。

「ありがとう」って感謝されてるみたい。

優しくされたから優しくするのは間違いじゃないよね…?









……なんだかお尻をぺんぺん叩かれた気がした。

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詩から生まれた短編小説 柳 アキ @Aki_Yanagi

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