わたしの推し邪神さまっ

藤原くう

わたしの推し邪神さまっ

 推しって、はっきり言って弱いんです。


 だって、ゼウスみたいに雷で宇宙を焼き尽くせるわけでもなければ、スサノオノミコトのように巨大モンスターを倒したわけでもありません。


 大きさも、宇宙とか地球とかを生み出せるほど大きいわけでもなく、普通の扉くらいならしゃがめば通り抜けられそうなくらい。


 しかも、名前を知られると嬉しくて崇拝されちゃおっかなーと、どこからともなく出てきます。年下女性の部下に名前を呼ばれた部長のようにうっきうき。


 わたしが推してる邪神は、イゴーロナクと言います。


 クトゥルフ神話に登場する神様で――あ、クトゥルフ神話っていうのはラヴクラフトって方がつくった架空の神話のことです。イゴーロナクはラヴクラフトさんがつくったわけじゃないですけどね。


 イゴーロナクは、真っ白で、大きくて、ずんぐりむっくりしています。両手をグワッと上げた姿は、威嚇いかくするアリクイかイエティかと見間違えてしまうような感じなんですけど、ぷにぷにの皮ふで違うってわかります。


 なによりも目立つのは、頭がないということ、手に口がついているということ。


 メタボリックな肥満体をドスドス動かし、はれぼったい舌が揺れる手をキョンシーのように突き出しながら追ってくる、頭のない神様――どうです、ちょっと怖いですか。


 でも、ちょっと地味なんですよ。攻撃だって、手についた口で肉を喰らうだけ。その噛み傷は治らずにんでしまうと言われてはいますけど、決して派手じゃない。


 無限に大きくなることも、ありとあらゆる時空間に存在することもないですし、別に美人を連れ去った挙句あげく羊に変えるようなこともしません。


 だからって嫌いなわけじゃありませんよ。好きなところはたくさんあります。


 なによりも好きなのは、人類に何かしらの感情を向けているところです。クトゥルフ神話に出てくる神様的は、ほとんどヒトなんてどーでもいい。信仰してくれた人にはちょっぴり優しんですけどね。ギブアンドテイクでビジネスライクなんです。


 でも、イゴーロナク様は違う。人の悪意を嗅ぎつけてやってくると、何とかして自分の名前を読ませようとする。そうして、私の仲間にならないか、とアプローチをかけてくるんです。


 ただの宗教勧誘じゃないかって? こんな優しい宗教勧誘をする神様なんて、クトゥルフ神話にはホント少ないんですよ。


 夢で洗脳したり、虫を植え付けられたりするどこぞの邪神よりかは、ずっと良心的じゃないですか?


 しかもですね、イゴーロナク様は食べた人の姿を取ることができるのです。老若男女問いません。ただちょっと……陰気な感じになっちゃうんですけど、それがダウナーな感じで、むしろいいまであります。


 想像してみてください、白髪ダウナー少女が「私と一緒に来て」と気だるげに、でも、目を爛々らんらんと輝かせている姿を。


 グッときません? 私なら手を取って、世界の果てまでついていきたくなっちゃいますね。


 え、ちょっと、なんでドン引きしてるんですか。そんなに怖がらなくてもいいのに。


 それにもう遅いかなあって。


 さっき言ったじゃないですか、イゴーロナク様は、名前を知られるとその人のもとに現れるって。


 ほら、あなたの後ろにも――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

わたしの推し邪神さまっ 藤原くう @erevestakiba

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ