第15話

第15章:シンガポールの夜 ― 海外への扉編


シンガポール・エキスポ会場。

赤道に近い熱帯夜の空気を含んだ風が、ヤシの木立を揺らしていた。会場ロビーには各国の音楽関係者やメディア、そして何より熱心な観客が列を作り、これから始まる「Singapore Asian Music Festival 2026」の熱気がムンムンと立ち上っている。


1. 異国の舞台裏


楽屋に到着した彩花(25歳)は、淡いピンクとゴールドを基調にした和洋折衷のステージ衣装に袖を通した。帯の部分にはシンガポール国花の蘭(オーキッド)を刺繍し、日本の桜と調和させた。横で俺・結城大和(25歳)は音響チームとモニター映像の最終チェックを進めている。


「大和、現地スタッフとはうまく連携できてる?」

「うん、向こうのエンジニアもフレンドリーで、英語とジェスチャーでコミュニケーションは万全だ。モニターの遅延も0.1秒以内に抑えられた」

俺は無線機をいじりながら微笑み、彩花も安心した表情を浮かべた。


2. 初の多言語ナレーション


今回の大きな挑戦は、多言語対応ナレーションだ。イントロ部分を英語、中国語、日本語で切り替えながら、グローバルな観客に語りかける演出を組み込んだ。


「Ladies and gentlemen… 欢迎来到亚洲音乐节! そして、みなさん――」

開演直前、俺は3か国語でリハーサル。発音に少しだけアクセントが残るものの、シンガポールのスタッフから「とても良い!」と太鼓判をもらう。


彩花は俺の横で拳をぎゅっと握り、笑いながら小声で囁いた。

「大和がナレーションすると、格好いいね」

「君の英語もすごく聞き取りやすかった。……本番もいこう!」


3. 本番開幕のトラブル


ついに本番開始。会場全体が暗転し、中央ステージに回転する円形舞台だけがスポットライトで照らされる――はずだったが、最初の英語ナレーションで照明のプログラムが一部飛び、演出用ゴールドライトが点灯しない。


「大和、ライトが!」

彩花が袖から焦った表情で合図。ステージ袖の照明卓担当に状況を確認しながら、俺はすぐにアナウンスを中断せず次のセリフへ切り替えた。


「…and now, let the light guide our dreams! さあ、ステージライトの向こう側へ――」

照明はショートカットで無事復旧。観客は気づかず、そのまま大歓声で迎えてくれた。


4. コラボレーション・サプライズ


続く新曲のパートでは、現地の有名なマレー語ラッパー、ZAIN(ザイン)をサプライズ・ゲストに招いた。ビートが切り替わると同時に、ZAINがステージ後方からタイトに登場し、マレー語と英語で掛け合いを入れる。


「From Tokyo to Singapore, we unite our hearts!」

彩花の透き通った歌声とZAINのリズミカルなフロウ。観客は総立ちでペンライトを振り、会場は一体感に包まれた。


5. 地元ファンとの一体感


中盤、彩花はMCでシンガポール語(シングリッシュ)を交えながら挨拶を試みる。


「Hello everyone! Selamat malam, Singapore! カムシン(東風)の街で歌えて、シュックリー(ありがとう)!」

観客席からは大きなどよめきと拍手。初挑戦のシングリッシュに彩花自身も笑顔がこぼれた。俺は袖からその様子を見守り、胸が熱くなった。


6. フィナーレの演出


ラストナンバー「Global Harmony」では、ステージ上部のドローンライトが空間に立体的な「桜の花びら」と「蘭」の形を描き出す演出を敢行。初の海外ドローン演出でリスクは高かったが、飛行隊の緻密なフライトプランにより見事成功。


ステージ中央で彩花は両手を広げ、俺はナレーションで締めくくった。

「No matter where we are, music and dreams unite us. Thank you, Singapore! ありがとうございました!」


ドローンと照明、歌声が完全に同期した瞬間、会場は割れんばかりの歓声と拍手に包まれた。


7. 舞台裏の称賛と絆


バックステージに戻ると、国籍を問わず現地クルーが「Bravo!」「Awesome!」と讃えてくれた。マネージャーの久保田も目を潤ませ、スタッフリーダーと固く握手する。


彩花は感動で声が震えながら俺に抱きついた。

「大和、本当にありがとう……」

「君がいてくれたから、ここまで来られた。次はもっと大きなステージを一緒に――」


8. 新たな夢への序章


熱帯夜の風が舞台裏を吹き抜け、シンガポールの街灯が遠く煌めいている。初の海外公演は大成功を収めたが、ふたりにとってはまだ通過点に過ぎない。


―― 「ステージライトの向こう側」は、今度こそワールドワイドへ。次回、第16章「帰国と新たな挑戦 ― 日本武道館リユニオン編」で、世界を駆け抜けたふたりが再び原点に立ち返り、新たな物語を紡ぎます。

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