第12話
第12章:白銀のステージ ― 札幌編
ツアー6日目――札幌・ニトリ文化ホール。
前夜に飛行機で移動し、早朝の札幌は一面の銀世界に包まれていた。空港からホールへ向かうバスの窓外には、木々の枝に積もった雪と、吐く息が白く染まる寒さ。そして、寒さを忘れさせてくれるような、澄んだ空気の中に広がる朝陽の輝きがあった。
俺・結城大和(25)は、リハーサル用の防寒ジャケットを着込み、機材スタッフとともに大型ケースを舞台裏へ運び込んでいた。彩花(25)は真っ赤なウールのコートを羽織り、吐く息を白くしながらステージ袖のドアを開けた。
「大和、寒いね……!」
「だな。今日の最低気温は氷点下5度らしい」
俺は肩をすくめながら笑い、彼女にマイクチェックを促す。
1. 極寒のトラブル
リハーサル開始早々、機材スタッフが慌てた声を上げた。
「ヤバい、ワイヤレスヘッドセットのバッテリーが寒さで一気に消耗してる!」
冷え切った楽屋の棚に置かれたバッテリーは、氷点下の空気に晒されて、残量が急激に減少。予備を含めても、公演中の持ち時間を確保できない可能性があった。
「充電スペースを温かい控室に移して、ヒーターを当てながら充電しよう!」
俺は即座に指示を出し、スタッフがコードリールと延長ケーブルを持って楽屋まで走った。
同時に、彩花のイヤーモニターも寒さでノイズが発生しやすくなっていた。ホールのサウンドエンジニアと協力して、リハ中にノイズゲートを調整し、ノイズを抑えるEQ設定を試行錯誤する。
2. 雪と声を味方に
やがてトラブルは回避され、リハは進行。彩花が「Snowy Heartbeat」を歌い出すと、雪明かりのように清らかな歌声がホールに広がる。しかし、イントロのピアノパートでは、ホールの残響が強く、リズムがぼやけてしまうことが判明した。
「京子さん(サウンドエンジニア)、リバーブ量を少し抑えましょう。ピアノのダイレクト音を強調してほしい」
俺はモニタースピーカーに耳を近づけ、調整をリクエストした。
「了解です!」
京子は素早くパラメーターをいじり、リハは滑らかに再開された。
窓の外には雪片が舞い落ち、舞台袖に差し込む光がたゆたう。まるでステージの演出の一部のように、雪景色が自然と歌とともに調和していく。
3. 北国ならではの演出
今回の札幌公演では、雪をモチーフにした演出が最大の見どころ。舞台中央に置かれた巨大な氷のオブジェが、特殊ライトで青く照らされる。サビの「冷たい手を温めるように」という歌詞に合わせて、氷がゆっくりと溶ける映像エフェクトがバックスクリーンに投影される予定だ。
だが、映像スタッフから問題が報告された。外気温との差でスクリーンが曇り、投影がぼやける恐れがあるという。投影機にはヒーターキットが付いていないため、自前で曇り止め対策を講じる必要があった。
「プロジェクターのレンズに曇り止めを塗布できるワイプを用意して! それと、レンズ前に小型ファンで軽く送風して曇りを防ごう」
俺はスタッフにゴム手袋を渡し、彼らはすばやく作業を開始した。
4. 雪中のロマンス
リハ終盤、ステージ袖で彩花が耳を澄ませながら窓の外を見つめていた。白銀の世界が、まるで歌詞の一節のように胸に染み入る。
「どうした?」
「雪を見てたら……昔、雪の日に大和と一緒に帰ったことを思い出して」
彩花は頬を赤らめ、小さく笑った。
「幼稚園の帰り道、雪だるま作ったよな」
「うん。大きな雪だるまに、私たちが描いた顔がすぐ落ちちゃって、笑い転げた」
その思い出話に、俺は自然と笑みがこぼれた。極寒の地でも、二人のあたたかな絆は確かに息づいている。
「本番が終わったら、雪だるま見に行こうか」
俺の提案に、彩花はうなずきながら小声で「楽しみ」とつぶやいた。
5. 本番直前の静寂
そして迎えた本番。ホールは満席で、観客の吐息が白く舞う。舞台袖には、雪明りの照明が淡く当たり、氷のオブジェからの蒸気演出機が小さく吐く白煙が漂っている。俺は袖で機材チェックを終え、控室へ戻る前に無線で最後の確認をした。
「全員、準備はいいか? 音響はOK、映像もOK、ライティングOK、ヘッドセットバッテリーは温室に保管してる。予定通り、3、2、1で幕開けだ」
スタッフから連携OKのコールが返る。
6. 白銀の幕開け
「――ステージライトの向こう側」
俺の小さなナレーションが、白銀の世界に静寂をもたらす。そして、スポットライトが氷のオブジェを青く染め、彩花が雪を纏うようなホワイトドレスで現れる。
ひとしきり歌い上げたあと、サビに差し掛かると、バックスクリーンには氷が溶け出す映像。氷の割れる音をシンクロさせ、雪の結晶がキラキラと舞い落ちる。観客はまるで魔法のような瞬間を固唾を飲んで見守る。
7. クライマックスは雪だるま
ラスト曲「Winter Promise」のクライマックスでは、ステージ両サイドのスピーカーから雪の解ける音とともに、客席の小型スノーマシンが雪片を噴射。観客席にも雪が舞い降り、幻想的な世界を作り上げる。
「大和、準備は?」
彩花の合図で、俺は袖から小型LEDライトを手に取り、観客への合図として灯りをともす。会場全体が温かい光で包まれ、雪と光のコントラストが一体となった美しい光景が広がる。
ラストサビの一撃──照明が一斉に雪を白金色に染め、氷のオブジェがゆっくりと消え、雪景色だけが残る。観客は総立ちで拍手を贈り、雪片の中を彩花は笑顔で手を振る。
8. 北国の感動と余韻
終演後、ステージ袖で彩花は手袋をはずし、雪の結晶がついたままの指先を見つめた。
「大和、ありがとう。雪の演出、最高だった」
「君の歌声があったからこそだよ」
外に出ると、ホール前の広場には子どもたちが小さな雪だるまを作っている。彩花は彼らに近づき、一緒に雪だるまを飾り付ける提案をした。俺はその姿を温かく見守りながら、自分たちの思い出の雪だるま作りの準備を始めた。
9. 次なる大舞台へ
雪の結晶のように儚くも美しい夜――札幌の公演は、ツアー屈指の幻想的なステージとなった。翌朝、飛行機で東京へ戻る二人は、眠りにつきながらそれぞれ夢のような余韻を胸に抱いた。
――次回、第13章「絆の証 ― 東京ファイナル編」、二人が全地方公演を経て迎える最大のステージと、未来への約束を描く最終局面をお届けします。
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