第2話

第2章:予期せぬ妨害


舞台裏は、ざわめきと緊張感が渦巻いていた。学園祭スペシャルステージ本番まで、残り三日。リハーサルは順調に進んでいる――はずだった。


「照明は明後日の夜に最終チェックね。特にサビのバルーン演出はしっかり合わせておいて」

鬼塚が指示を飛ばす。メンバー全員が頷き、動き始める。その視線の先には、大きなセットと無数のケーブルが絡み合ったステージがあった。


俺・結城大和(25)は、彩花の安心した笑顔を守るために、いつものようにケーブルを整理しながら指示書を再確認していた。しかし、どこか不穏な空気を感じる。放課後の校舎裏で偶然耳にした噂が脳裏をよぎった——他の事務所から妨害が入るかもしれない、という情報だ。


夜になり、校内は静けさに包まれる。人影もまばらな中、俺はセットの周囲を再度チェックしていた。バルーン演出用のコンプレッサーに異変はないか? ワイヤレスマイクの予備バッテリーは十分か? だが、すべてが正常に思えて、不安はむしろ増すばかりだ。


翌朝。リハーサル開始のベルが鳴る直前、ステージに足を踏み入れた瞬間、俺は凍りついた。

バルーン用のコンプレッサーの電源コードが外されている。

無造作に引き抜かれた配線は、地面に絡まり、まるで罠のようだった。


「な、何だこれ……!」

胸の鼓動が早まる。慌てて周囲を見回すが、現場にいたのは数名の学生スタッフと、機材担当のアルバイトだけ。誰がやったのかは分からない。


「大和さん!?」

彩花の声に顔を上げると、彼女が駆け寄ってきた。制服の上からステージ衣装のジャケットを羽織り、その瞳には不安と驚きが混じっている。

「機材に問題があるの?」


俺は言葉を選びながら説明した。

「バルーン演出用のコンプレッサーから電源コードが抜かれてる。確認した時は正常だったはずなんだ……」


彩花は小さく唇を噛み、息を整えるように深呼吸した。

「でも、私たち、ここまで来たじゃない。大和がいてくれるんだから、大丈夫だよね?」


その笑顔はいつもの明るさを失っていない。だが、背後に忍び寄る影は確かにある。俺は拳を握り締めた。

「とにかく、今からすぐ代替案を考える。ステージの代替用エアポンプを取り寄せてくるから、彩花はダンスの振りだけでも合わせておいてくれ」


慌ただしさの中、俺は機材室へと飛び込んだ。そこには配線が乱雑に積まれ、埃っぽい空気が漂っている。担当のアルバイトが目を丸くしながらこちらを見た。

「大和さん、何かあったんですか?」

「コードが抜かれてた。緊急で代替コンプレッサーを調達する必要がある。君はステージを止めないように、彩花のリハだけでも進めてくれ」

「わ、分かりました……!」


機材室から飛び出し、運営本部へ。責任者の久保田に事情を説明し、急遽外部の音響レンタル会社に連絡を取る。電話越しの対応は迅速だったものの、最短でも機材到着は三時間後と言われる。リハーサル時間は一時間後。


「間に合わない……!」


絶望的な焦りを覚える中、彩花の声が無線機から流れた。

「そっち、大丈夫? リハ進めてるよ」


彼女は一人でダンスを踊りながらも、オフマイクでカウントを取っていた。決して下を向かない、プロの芯の強さ。俺は胸が熱くなり、頭を切り替えた。


『ならば——自力で何とかしてみせる。』


運営本部の倉庫に保管されていた古い手動ポンプを発見し、バルーンを一つずつ空気入れで膨らませる案を思いつく。普段なら絶対に使わない方法だが、今は時間がない。


倉庫の隅でポンプを握り、息を整えながらひたすら手を動かす。指先は痛み、手袋は汗でずれていく。だが、彩花のステージを守るため、全身の力を注いだ。


その頃、ステージ上ではダンサーたちが振り付けを確認し、彩花が一人で歌い始めている。マイクの声は届いている。だが、演出の華であるバルーンがなければ、観客に約束した「大きな夢の演出」は完成しない。


汗まみれになりながらも、最後の一つのバルーンを膨らませ終わった時点で、リハ本番のチャイムが鳴った。俺は大きく息を吸い込み、手動ポンプを倉庫の棚に叩きつけるように戻すと、息せき切ってステージ袖へ駆け戻った。


舞台脇には、バルーンを抱えた学生スタッフが待っていた。俺は彼らに軽く頷き、一斉にステージへと運び入れるよう合図する。


再びスポットライトが照らす中、彩花の歌声は途切れない。次のサビ……その瞬間――


「せーの、発射!」


バルーンが一斉に舞い上がり、ステージは鮮やかな夢の空間に包まれた。観客席からは大歓声。彩花も安堵の笑みを浮かべ、しなやかにターンを決める。


モニター越しにその姿を見たとき、心の奥底から溢れる感情があった。

――この子を守るためなら、俺は何だってできる。


リハーサル終了のコールが鳴る。彩花はそっと袖へ近づき、囁いた。

「大和、ありがとう。あなたがいてくれて、本当によかった」


俺は照れくさそうに笑い返しながらも、胸に誓った。

「本番でも、必ず最高のステージにしよう」


だが、闇に紛れていた妨害の影は消えていなかった。次回、第3章「心の距離」で、さらなる試練が二人を待ち受ける。

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