第16話
第16話「約束の先にある景色」
冬の冷たい風が、都心のビル街を渡っていく。
街路樹の葉はすっかり落ち、裸の枝が空を揺らしている。
そんな季節の変わり目に、晴斗とひよりは再びスタジオ前で待ち合わせをした。
「今日は……何の日だっけ?」
晴斗が照れくさそうにスマホの画面を見返す。
画面には赤い丸がふたつついていた。
ひとつは――ドラマ「君が隣にいてくれるなら」の最終回放送日。
そしてもうひとつは――二人だけにわかる、特別な“約束の日”だった。
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1 最終回の緊張感
スタジオに一歩足を踏み入れると、そこはすでに本番のムードに包まれていた。
スタッフが照明をチェックし、小道具が細かく並べられる。
カメラマンのレンズがこちらを向き、モニターには既にOD(オーバーダビング)で録音された最後のセリフが映し出されていた。
ひよりは白いブレザーの役衣装に身を包み、いつもの笑顔を浮かべる。
しかし、その瞳は内面の緊張を隠せない。
ドラマでは、晴斗が演じた主人公・陽斗(はると)とひより演じる「彩乃(あやの)」が、無数のすれ違いを超え、ようやく本音をぶつけ合うクライマックスを迎えるのだ。
「……さあ、行きましょう」
ひよりは深く息を吸い込み、カメラの方向へと歩を進める。
控え室で見せた、自然体のひよりとはまるで別人。
だが、そのプロフェッショナルな姿こそ、この物語の核を支えている。
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2 カメラが回る瞬間
「アクション!」
監督のかけ声と同時に、スタジオのセットが静寂に包まれる。
ライトが二人を照らし、周囲のざわめきが消えた。
シーンは、二人が初めて出会ったあの川沿いのベンチ。
積み重ねたすれ違いの日々の末、彩乃が主人公に問いかける。
「ずっと……あなたの声が、そばで聞こえなくてつらかった。
でも、今は――あなたの声が、私に希望をくれる」
ひよりの声が震え、眼差しに一筋の涙が光る。
モニター越しに胸を打たれたスタッフの中には、思わずハンカチを取り出す者もいた。
そして、陽斗役の晴斗もまた、心を込めて台詞を紡ぐ。
「俺はずっと、君の声に導かれてきた。
君を追いかけ、君を想い、そして――君の隣にいたいと願ったんだ」
ふたりの声が重なり、スタジオ内は暖かな余韻に包まれる。
長い時間をかけて育んだ二人の絆が、最高のクライマックスを迎えていた。
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3 終わり、そしてはじまり
カットの声と同時に、スタジオには大きな拍手が響いた。
ひよりは一瞬目を閉じ、呼吸を整えてから晴斗を見つめる。
晴斗はマイクを握りしめたまま、そっとひよりに歩み寄った。
「……ありがとう」
ひよりのその一言が、二人の胸に深く刺さった。
それは台本にはない、二人だけの“本当の言葉”だった。
スタジオの外に出ると、寒さが心地よく感じられた。
ふたりはコートをはおり、帰り道を歩き出す。
「最終回、うまくいったね」
晴斗が微笑む。
「うん。あなたと一緒だから、ここまで来られた」
ひよりは頬を紅らめ、冬の夜空を見上げた。
ふと晴斗が立ち止まり、ポケットから小さな箱を取り出す。
それは、幼いころに二人で見た流れ星をモチーフにしたペアリングだった。
「これは、あの日の約束の証。
どんなにすれ違っても、君と描く物語は終わらない――
そう誓ってほしくて」
ひよりの瞳に、涙が溢れた。
「私も、ずっとあなたの隣で、物語を紡いでいく」
その声には、揺るぎない覚悟と喜びが宿っていた。
冬の夜風に、二人の笑い声が響く。
約束の先に見えるのは、まだ見ぬ未来の景色。
物語は、ここからまた新たに動き出す――。
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▶ つづく
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第16話では、ドラマ最終回の撮影と二人の約束を描きました。
いよいよ最終章へ向けてラストスパートです!
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