第4話

第4話:星を見に行こう、もう一度


「あっ……ここだ、ここ!」


駅前のロータリーに着いた途端、ひよりは嬉しそうに指を差した。


「このコンビニ、まだあったんだ。ほら、昔さ、アイス買ってここで食べたよね。

スイカバーの先っちょだけ食べて、すぐ溶かして落として泣いてたの、覚えてる?」


「お前が落としたんだろ、それ」


「え? あたしだっけ?」


「俺の記憶では、ひよりが“はい、あーん”ってやってきて、そのままスルッと……」


「……それは言わなくていいの!」


ひよりが赤面して、バッグで軽く俺の腕を叩いた。


――まるで、時間が戻ったみたいだ。


芸能人“朝日奈ひより”ではなく、

あの頃の“篠原ひより”が、ここにいる。


***


夕方、俺たちはあの丘を登っていた。

中学生の夏に、星を見に行こうとしてたどり着けなかった、あの場所へ。


「うわ、きつい……昔は駆け足で登ってたのに」


「体力落ちたな、お互い」


「ちょっと! あたしはまだ現役だもん。撮影とかで鍛えてるし!」


「へえ。でも息切れてるけどな?」


「うるさいっ!」


肩を並べて、急な坂道を登る。

セミの声、草の匂い、湿った空気。

全部が、あの夏の続きをくれているみたいだった。


そして――


「……着いた」


小さな展望台のようなベンチのある場所にたどり着いた。

そこから見えるのは、眼下に広がる街の明かりと、空一面の星。


「うわ……」


ひよりが、無意識に息を呑んだ。


「きれい……」


「……そうだな」


空には、いくつもの星が瞬いていた。


あの頃見たかった風景が、今、ようやく目の前に広がっている。


「ねえ、晴斗」


「ん?」


「覚えてる? あのとき……ここで、願いごとしようって言ってたこと」


「……ああ。流れ星、見つけたら願い事するって」


「私はね、ひとつだけお願いしたかった」


「なんだ?」


「……ずっと、晴斗の隣にいられますように、って」


鼓動が、一瞬止まった。


「バカみたいでしょ。中学生のくせに、本気でそう願ったの」


「……」


「でも、それからすぐ引っ越して、芸能界に入って、気づいたら――遠くに来すぎちゃってた」


「……ひより」


「もう、隣になんていられないって、何度も思った。

でもさ、晴斗だけは、テレビの中の“朝日奈ひより”を一度も話題にしなかったよね?」


「あー……あれは、逆に照れくさくてさ。

“お前、有名人になってすげーな”とか言えるような立場じゃないし……」


「違うよ。

君は、ずっと“私のこと”を見ててくれたんだよ。

芸能人でも、女優でもない、ただの“ひより”を」


ひよりがこちらを見た。

星の光に照らされたその瞳は、揺れていた。


「ありがとう、晴斗。会いに来てくれて」


「……」


「私ね――今が、いちばん幸せ」


「……なら、俺も」


「え?」


「俺も、今がいちばん幸せかもしれない」


言葉にしたら、胸の奥が熱くなった。

ずっと言えなかった思いが、少しずつ溢れていく。


「もう少しだけ、隣にいてくれる?」


「……うん。ずっと、いるよ」


ふたり、ベンチに並んで座る。


空には、流れ星がひとつ、すっと光の線を引いて消えていった。


何も願わなかった。

だって、もう願いは――ここにあるから。

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