「君はもう、スターだった。」

ブロッコリー

第1話

第1話:その面接官、まさかの芸能人


面接室のドアが、静かに開いた。


緊張で汗ばんだ手のひらをスラックスで拭いながら、三島晴斗は一歩足を踏み入れる。

都内のとあるIT企業の会議室。転職活動の一環で申し込んだ面接で、今日が5社目だった。


「では、次の方――三島晴斗さん、ですね」


企業の人事担当らしき男性の隣には、もう一人の人物が座っていた。

その瞬間、晴斗の足が止まった。


「……え?」


そこにいたのは、画面越しに何度も見たことのある、あの顔だった。

透明感のある肌、落ち着いた茶髪、大人っぽい笑顔。


間違いない。

それは――朝日奈ひより。

いま日本中を騒がせているトップ女優だ。


「ひより……?」


無意識にそう呟いてしまい、すぐ口を押さえた。


まさか。なぜ彼女がここに?


だが彼女は少しも驚いた様子を見せず、にこりと微笑んだ。


「お久しぶり。三島くん、元気だった?」


――その声。

あの頃と、同じだった。


幼い頃、星を見に行く約束をしたあの日。

自転車で並んで登った丘の上。

中学卒業を最後に、彼女は突然引っ越し、そして芸能界へ。


テレビの向こう側の存在になった彼女が、いま、目の前にいる。


「な、なんで……こんなところに……?」


「今日は特別に、“企業のサプライズ面接官”をやってるの」


「さ、サプライズってレベルじゃないだろ……!」


面接担当の男が笑って言った。


「いやあ、テレビ企画でしてね。『芸能人がいきなり面接官だったら?』って。

驚かれましたか?」


驚いたどころの話じゃない。

なにせ俺の初恋相手が、国民的女優になって、面接官として現れたんだから。


「三島くん、話、したかったの。ずっと」


ひよりの声は、妙に静かだった。

キラキラとしたテレビの笑顔とはまるで違う。


「え……?」


「ちょっとだけ、いい? 別室で」


面接官が一瞬戸惑ったが、彼女の一言で了承が出た。


「すみませんね、少しだけ個人的にお時間を」


ふたりきりになった控え室で、俺はまだ信じられずにいた。


「ひより、本当に……あのひより、なのか……?」


彼女は、ふっと笑った。


「相変わらず、反応が遅いな、晴斗は」


「……」


「あたしね、晴斗に会いたくて、今回の企画に手を挙げたの。

ここに君が来るって、偶然じゃない。あたし、ずっと調べてたから」


「え……」


「なんで、何も言ってくれなかったの? 一度も、連絡してくれなかったの?」


問い詰めるようでもなく、ただ静かに。

けれど、その言葉は確かに俺の胸を突いた。


言えなかった。

テレビの向こうで輝く彼女に、いまの自分じゃ、恥ずかしくて言えなかった。

たとえ仕事があっても、誇れる何かがあるわけでもない。


ただ、何となく大人になって、何となく働いて、何となく毎日を繰り返していた。

その結果、こんな形で会うなんて。


「会いたかったよ、ひより」


たったそれだけが、精一杯だった。


沈黙。


だけど、彼女の目が少し潤んでいるように見えたのは、きっと気のせいじゃない。


「……だったら。時間を、戻せたらいいのにね」


「……え?」


「実はね、面白いもの、手に入れたんだ」


そう言って、彼女はバッグから小さな銀色の時計のようなものを取り出した。


「晴斗。この面接、やり直してみない?」


彼女が微笑む。

まるで、あの日みたいに。


タイムマシン――。

嘘みたいな話が、今、始まろうとしていた。

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