帝国の剣
ジュリアが山道を抜けるとその先には、帝国の中でも剣聖と名高い人物が管理している領地、エーベルトという大都市へ辿り着いた。
帝国の国境である『
「ここを抜けずに『黒門峡』へは迎えねえな。チッ。剣聖の・・・・・野郎に会わなければいいが、そうもいかねえって感じだな。」
帝国領地内の都市であるため、原則帝国民や帝国の関係者であれば顔パスで入国できるとされているが、今のジュリアは追われる身である。
そのため国境含めて厳重な警備体制を敷かれている。
「ただここに門を抜ける特殊なルートがあるって噂がある以上は避けては通れねえ。」
もう1人、アーシアが来る可能性がある。王家の遣いとは言え、辞職して地の果てまで追いかけてきそうなイメージが湧いてくる。
そう思うと余計にここで時間を食う訳にはいかない。
「まあ、アイツと戦うことになるのは避けたい。もしかしたら起きてしまうし。」
彼女は棺桶を気にする。改めて前向く決意を固めて、止めていた足を再び動かす。国境を越えるため。
そして大都市『エーベルト』の手前まで到着し、息を潜めては入口の様子を確かめる。
そこでは通行における審査が執り行われており、普段やらない分ややぎこちないものの、徹底的に身元を洗い出している様子である。彼女は耳を潜め、門兵の話し声を盗み聞く。
「聞いたか?なんでも大量殺人犯が今こっち側に向かってきてるかも知れねってさ。」
「帝国も物騒になってきたよな。首都で起きた事件だとかで、なんというかこっちに潜伏してなければいいけどな。」
「ばっか!そん時のために俺たちがいるんだろうよ!」
2人の呑気に話している様子であり、これは対応次第ではいけるかもしれない。ただこの棺桶はブラフにも使えるが、それはしたくない。
となると、何処かで荷物に紛れるか?・・・昔ある国で試した『禁呪』をやるか。
魔物自体は幸いこの辺では弱い方だ。それに、門を閉める前に入る。これができればあとは問題ない。あの呑気な門兵たちでも人数を揃えれば対処可能だ。
ベリアルにおいて任務の遂行は絶対であり、何においてもどんな手段を用いても成功を収めるべし。
その内容に沿った際、必然的に呪法が1つ「禁呪」が使われる。私は一応これでも神より授かったスキルの影響で使えてしまう。
神に抗うとされる力だというのに。人間のエゴによるものなのか、その使用可能となった呪法には魔物を刺激し、意図的にスタンピードを引き起こす魔法がある。
他国の村で侵攻テストとして実施したが、悲惨な者であった。更に魔物の強度によっては国とは言えど、かなりの脅威となることが判明した。
だが今からやることは悪道であり、平和に暮らす人々へ害をなす行為である。決して正当化されることではない。
「この辺か?」
ジュリアはなりふり構っていられない。今も瀕死なのか分からない意識不明という状態の彼を救うべく、同胞に手をかけ、親、彼の親族、国を裏切った。
振り返れば短い間に多くの犠牲が生まれていた。
「決めたから。」
彼女は呪法である『魔物の誘い』を説く。スペクタルが現れ、その場に異様な黒く不快な気配が漂う。
森がざわつく。何かが動き出す。
「うん?な、なんだあれ?」
砂煙が渦巻くのが遠方から確認できた。
「あ?なんだって領内で・・・はぁ!?」
そう、彼等は自分の目を疑う。
遠方から何かの大群がこちらへ向かってくるのが望遠鏡をなしで視認できる。更に数が増す度にその凄まじさも増している。そしてようやく思考が追いついた。多種族の魔物が跳梁跋扈する現状に。
一体なぜ?どうして今の時期?様々な思惑よりも先ず頭に浮かんだ一言は
「しゅっ!襲撃ぃぃぃぃぃぃ!!」
カンッ!カンッ!カンッ!と鳴り響く。大きな鐘の音が鳴り響き、街の扉を無理矢理閉めようとするそして門兵たちはすぐさま入口を固めようと必死に入国手続き途中の人たちを外へ追いやる。
槍だか必死に道を塞ぎ、大きな鉄扉が閉まろうとギギッ!と動き出す。
「ふざけるな!」
「ちょっと!」
「ふぁぁぁぁ!早く早く!」
迫り来る魔物に皆が恐怖心を抱く。まだ50人規模で入り口で立ち往生する商人や流れ人たち。
中には冒険者たちもいるが、この数を守り切れるかの自信はない表情であった。
「きやぁぁぁぁぁぁぁ!!」
1人の少女が叫ぶ。足を挫いてしまったのか動けずにいた所を急接近してきた魔物にロックオンされ、狼型の魔物が素早く近づき、その牙を研ぎ澄ます。
悲鳴で気づいた冒険者たち。しかし間に合わない。
その牙が少女の肉を引きちぎる前に。ブチリと何かが潰れる音がした。
そしてドッゴーーーーン!!と大きな轟音を鳴らして地面を揺さぶるように着地した。
「まっ、こんなところか。」
「し、シスターさん?」
「あ?違ーよ。あー、あれだあれ。天の遣いってやつだ。」
軽々しく棺桶を持った女がそこには立っていた。
襲撃の数分前
呪法とされる魔法陣の生成、そして唱えるべく詠唱、そして最後には息を吹きかける。生命が多く募る先へ。
「さて、コイツで動くな・・・・・」
ガサガサと森がざわつく。すぐさま大きな木の上へ隠れるように飛び移る。
そして進軍してくる大量の魔物を下から眺める。
「ま、門が閉まる隙にってやつだな。」
棺桶は動かない。
だが動かない棺桶を彼女は背中で感じ取る。
『本当にこの方法でよかったのか?』
無実の罪の人たちを生贄にして前に進んでよかったのか?その選択肢は今しかなかったのか?正しさより目的を優先する。
だが不自然に動かない棺桶から何かを訴えかける。
『君が思うままに動くといい。』そう棺桶から彼女は聞き取る。
「・・・・・・分かってる。分かってる・・これじゃあ、顔向けできないよな。
シンの嫁には行かなくなるな・・・まあ、それはそれで辛すぎるし。」
彼女は考えた。口では言うが、自分では既にとっくのとうに答えが出ていた。
「行くか。英雄というか、天から授かるスキルってのを利用するよ。その方が良さそうだし。
なんか言い聞かせてるようだけど、動かないよりはマシだね。」
彼女は木から木へと乗り移り、そして大きな幹の上から超跳躍をした。その衝撃によって木はバキバキとへし折れていき、下の魔物を下敷きにして倒れていく。
棺桶は何故か嬉しそうに静かに潜めていた。
そして今に至る。
「さてさて。お嬢ちゃん。この棺桶を見ておいておくれ。」
「・・!はっ!はい!」
小さきか弱い少女はどっさりと置かれた棺桶を側に目の前の天の遣いと言われる女を見つめる。
「チッ。力技だが・・・んぐらいなら一気に薙ぎ倒してから片っ端から殲滅させる方が早えか!」
彼女は唱える。『神聖』より与えられし内の1つの魔法『インパクト』
「っっっっっっ!!しゃぁらぁぁぁぁぁ!」
彼女の力強い拳が魔力体の塊となって具現化し、そのまま迫り来る魔物の大群の真ん前へ飛ばされていく。
その大きさは帝国に聳え立つ大きな外壁すら打ち砕く必殺の拳である。
その魔力体の拳が裂けることができない魔物たちへと衝突する。
グッシャァァァァァァァァァァ!!!と肉を擦り潰すように巨大な拳が中央から魔物たちを直線上に圧殺していく。
凄まじい威力に進むどころか、押し返されてしまう魔物たちである。
「しゅっ!」
そして今度は右側へいつの間にか回り込んでいたジュリアは風魔法を唱える。
「『バジュランダ』!!」
彼女の両手から大きな竜巻が魔物たちを抉るように右側から強襲する。
そして隙間から辛うじて流れた1人のゴブリン。だがその束の間、ゴブリンの首がぼんっ!と消し飛ぶ。
2つの竜巻の間からジュリアが姿を現し、彼女の蹴りがゴブリンの頭を見事消し飛ばした。
「こっから突き進むぜぇぇぇ!」
オラオラ!と力と武術、技という物理体術を持って逃れる魔物、逃げようとする魔物を容赦なく挽肉にしていく。
最早天の遣いではなく、ただの大魔神である。
だがある少女には彼女の姿が誇らしく、輝いているように見えた。
棺桶を側でさすりながら呟く。
「凄い・・・・・・」
そんな呟きを他所にジュリアはひたすら進む。風魔法をによる跳躍と浮遊で真ん中にできた大きなクレーター跡を横切る。
そして街へ向かおうとする魔物たちを捻り潰そうとした途端にその動きを急停止する。
そう、彼女が向かおうとした前の地面と魔物たちがなんの音も立たずに切断された。
「(くそっ!まさか来るとはなっ!)」
綺麗な鋭利の斬撃痕、そして斬撃を飛ばす。という前代未聞の大技、更に気配を察知させない佇まいと振る舞い。
彼がこの都市と領土を任された希代の英雄にして剣聖のスキルと称号を賜りし剣士『スウェイン・タリズマン』。顔以外を蒼き鎧を見に纏う物静かな青年である。
ジュリアとは3つほどしか歳が変わらない。20代にして傑物と化した怪物である。
「感覚で来ると踏んでいたが、あのような堂々とした立ち振る舞いで来るとは・・・
だが、今は感謝している。」
そう冷淡に述べる彼は彼女へ向けて剣技を放った。だがジュリアは動かない。
何故ならその剣尖は彼女の左右と後ろの魔物ゴブリン、オークやオオカミを真っ二つに切り刻んでいた。
そしてジュリアは地面へ指をめり込ませて巨大な地盤を馬鹿力で持ち上げて、まるでフリスビーのようにスウェインたちがいる上空を通過するように投げていく。
実は大物であるギガンテスとサイクロプスが城壁へ近づこうと走っていたため、そこへ目掛けて円盤状の地盤を高速回転させ、ギロチンのように投げ飛ばしていた。
彼女の馬鹿力による円盤状の地盤は巨大な魔物をバッサリと一刀両断してしまう。
この2人の異常さ加減に周りは空いた口が塞がらない状態である。
「これで残りは・・・・さあ!ここいらが踏ん張り時だぞ!皆の者かかれえーー!」
冷静な性格とは真反対な人を圧倒する激励、戦いの興奮が相極まったとのかその掛け声に鼓舞する兵士や冒険者たち。
ジュリアとスウェインを素通りするように大勢の者が魔物を掃討すべく動いた。
「・・んで?どうするよ。」
「どうもせん。」
「はあ?気付いたんだろ?」
「気づいている?何を言っている。勘はなによりも戦いにおいて大事ではあるが、人を説得する材料にはなり得ない。
どこぞの誰が呪法を説いたのかは知らぬ。だが都合がいいことに近隣に被害をもたらす魔物たちを一気に残党含めて引き連れて来るという異常事態が発生した。
俺としては領主として動かざる終えない。いや、動くメリットが大きかった。何せ引き連れた大半の魔物を駆逐し、物質や帝国本土、この入り口までの道のりにおいて安全性が担保される訳だ。」
何やら解説じみたことを言ってやがるが、要するに。
確かに呪法を解くと言う外道卑劣な真似ではあるが、領主として魔物の討伐を行えず、冒険者でも魔物を押さえつける程度が限界、だが被害は増える一方と。更には生息地などを割り出すこともできず。
そこで私がやった呪法がたまたまアイツにとって都合が良いものであった。と言いたい訳だ。
だが問題は一つ残っている。
「そうだな。都合が良いが、私個人はそうはいかねえんじゃねえか?」
「?何だ?鬼才と言われたプロテクタンもまだ気づかないのか?門には今私1人以外誰もいないということ。」
「・・・貸かよ。」
「貴様なんぞに貸したところで返って来るものなどない。ただ、うちの妹がお世話になった様子だからな。
そこにいる棺桶の男に。」
「はあ!?シンが!?っな訳あるか!お前みたいなボンボン野郎の妹なんざ相手にしねえよ!」
「フフ・・アハハハハハハハハ!愉快だ!愉快だな!・・・久しく笑った。
早く行け。一回しか言わん。」
今度はいつもの冷静な剣聖の風格へと戻っていた。
次はない。ということらしい。
私は預けていた少女のところへ戻る。
「お、お姉さん!ありがとうございます!」
「おっ、おう・・・まあ元気でな?」
ベリアルの頃、礼を言われるような仕事をしたことはなく、常に闇に葬られる案件ばかりで、感謝なぞなく。むしろ恨まれることばかりであった。
だが久しく、純粋なお礼にジュリアはやや萎縮してしまっていた。
そんなジュリアは棺桶に目をやると、棺桶もまた不思議と喜んでいるように見えた。
そしてそのまま棺桶を背負いエーデルへと入国し、そのまま影に身をくらました。
私は神話のような。本当に御伽話を体験したようでもあった。そんな不可思議な感覚に陥っている。
「プロテクタン・・・・・」
小さな少女は大きな棺桶を軽々しく背負う修道服の女性を見詰める。
彼女が何者か?少女は後々知ることになるが、それでも少女から見た彼女は英雄であり、剣聖ギルシュタンと同格の存在である。
そして少女を助けてくれた唯一の人である。
この少女また、この運命の輪に引き込まれていく。これから控える『鑑定』によって定められる。
『聖霊』という光の力を司る聖女の一角として。
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