君の絵に恋をした

深夜丸

君の絵が、僕を変えた

春の光がキャンパスに降り注ぐ午後。

大学の中庭は、新入生と上級生の混じった人波で賑わっていた。


水瀬 湊(みなせ みなと)はその賑わいを避けるように、図書館裏のベンチに腰を下ろしていた。

ポケットからスマホを取り出し、習慣のようにX(旧Twitter)を開く。

目的はただ一つ。


――“@kuro_emu”。


その名前を検索窓に打ち込むと、最新のツイートが表示された。

そこには、淡く滲む水彩のようなタッチで描かれた、少女の横顔のイラスト。


「……うわ、今日も上げてくれてたんだ」


思わず息を漏らす。

切なくもどこか優しいまなざしの少女は、湊の心を確かに揺らした。

まるで心の奥にそっと触れてくるような絵。


初めて彼女の絵を見たのは、去年の冬だった。

寒さに凍えながら何となく流していたタイムラインに、ぽつんと現れた一枚の絵。

フォロワーも少なく、いいねもほとんどついていないその投稿に、湊はなぜか目を奪われた。


それから毎日、“@kuro_emu”の投稿を待つようになった。


「もっと……多くの人にこの絵を見てほしい」


湊はそう思っていた。

でも、自分は口下手だし、人を巻き込むのは苦手だ。

ネットでもリアルでも、誰かに何かを薦めるなんて、正直得意じゃない。


だけど、それでも。


「俺が……広めたいんだ、この人の絵を」


動き出す理由に、大義名分なんていらなかった。

ただ、“好きだから”。

ただ、その絵に救われた気がしたから。


湊は立ち上がると、スマホを握りしめて呟いた。


「この人の絵を、埋もれさせたくない」


その頃、別の教室の隅で、一人の少女がスマホの通知に目を見開いていた。


「えっ……なんで……こんなに……?」


黒江 夢(くろえ ゆめ)は、湊と同じ大学に通う地味な文学部生。

人前に立つのが苦手で、友達も少ない。

でも一つだけ、彼女には“秘密”があった。


それが、“@kuro_emu”という名前の匿名アカウント。

名前も顔も明かさず、静かに、少しずつ、自分の心を描くようにイラストを投稿していた。


正直、自信なんてない。

誰かに見てほしい気持ちと、誰にも見つかりたくない気持ちが、いつも心の中でせめぎあっていた。


でも今、通知が鳴り止まない。

“おすすめの無名絵師”として紹介され、いつもは見向きもされなかった投稿が拡散されている。


「誰かが……私の絵を広めてくれてる……?」


その誰かが、隣の学部の、あの静かそうな男の子だとは、まだ知らない。

自分のことを、黙って応援し続けてくれている男の子が、この大学のどこかにいるとは、夢にも思っていなかった。


彼女はただ、胸の奥が少しだけ温かくなっていた。



春が過ぎ、季節は静かに流れていく。

ふたりの心はまだ交わらないまま、それでも確かに、見えない糸が結ばれ始めていた。


これは――

ひとりの青年と、ひとりの絵描きが、互いを知らぬまま“惹かれていく”物語。


そしてやがて、その絵は世界を変える。

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