第28話
突如現れた茉莉花に、冬鬼と雪鬼、そして海景は驚き、身構えながらも月詠を守るように立った。
茉莉花は巫女の装いである。
隣には神主の姿。
「我が神社で長と月詠様の形ばかりではありますが、正式な結婚式を挙げられることを喜ばしく思います」
そう、うやうやしく頭を下げる。
山奥の神社から冬鬼と月詠のために、数日かけて分社であるこの神社まで降りてきてくれたのだ。
「まぁ、それなりに綺麗じゃない。私には負けるけどね! 仕方ないから奉納の舞を踊ってあげる。練習にはなるわ」
「すみません、うちの巫女は口が悪いんです。口の悪さはどうも治りませんな」
腕を組み、偉そうな茉莉花だが、以前のような雰囲気ではなかった。
悪意より、月詠への祝意を感じる。
しかし、素直になれないといった様子だ。
神主は困ったように苦笑する。
「茉莉花さんが月詠様や冬鬼様にきちんと謝罪と感謝をしたいと言うから連れて来たのですよ」
そう、神主は注意する。
茉莉花は「うっ」と眉間にシワを寄せた。
「悪かったわ。それと助かったわ…… あとは舞で示すから良いでしょ!」
茉莉花は頑張って口にすると、恥ずかしそうに「フン」と顔をそらしてしまう。
「こら、そんな態度ではちゃんとした謝罪と感謝ではありません!」
神主は叱り口調になる。
「来てくれてありがとうお姉さん」
月詠に気にした様子はなく、むしろ嬉しそうに茉莉花にも笑いかけた。
「私は準備があるから!」
茉莉花は月詠に背を向けると、裏に行ってしまう。
「散々虐げられた相手だ。謝られたとしても許さずとも良いのだぞ」
そう、冬鬼は月詠の肩を抱く。
茉莉花がやったことは、心を入れ替えたとしても、謝って赦されるようなものではない。
「いえ、私は茉莉花を恨んだことはありませんし、茉莉花も変わったようです。今、感動して泣いてしまったのが恥ずかしくて屏風の陰に隠れてしまいましたね」
フフッと微笑む月詠は、本当に茉莉花を恨んだり怖がったりしていないようだ。
過去の傷を引きずるようなこともない。
殺されかけたというのに。
今はただ、屏風の陰に隠れた茉莉花を可愛いなと思っているようだ。
「仕方ないな」
月詠がそうなら、俺も茉莉花を許さざるを得ないじゃないか。
そう苦笑いをする冬鬼だった。
奉納の舞を踊る茉莉花は、確かに美しかった。
式が終わり、観衆を集めた中央広場に姿を現す月詠と冬鬼。
「一部の者に誤解があるようなので改めて宣言したい。月詠は正式な俺の妻であり、一年経とうが十年経とうが添い遂げるつもりだ」
力強く告げる。
観衆の目の前で冬鬼は月詠を抱きしめ、口づけを交わして見せた。
月詠は、冬鬼の揺るぎない愛に、心からの笑顔を見せる。
「待って、冬鬼様は私と結婚してくださると言いました!」
声を上げたのは蝶鬼である。
蝶鬼の側には蝶鬼と冬鬼の両親が立ちはだかる。
不安を顔に出す月詠だが、冬鬼は見越したことだった。
「ほう、そうか。それで? 俺は何とお前に言ったんだ?」
「結婚してくださると!」
「本当に?」
「本当です!」
冬鬼と蝶鬼のやり取りに、集まった人々はザワザワしだす。
「俺は我が家とお前の屋敷に備え付けた監視カメラを遡り、証拠を集めたぞ」
それは冬鬼と蝶鬼が二人っきりになった時の会話だけを切り抜き、何度も見返す大変な作業だった。
しかし、冬鬼の使用人と蝶鬼の使用人が協力し、立ち会ってくれたために、偽りはないと証明できる物だ。
特設スクリーンに映し出される。
『私、冬お兄様と結婚するわ』
『ありがとうな。しかし、そういうことは簡単に言ってはいけないよ。蝶鬼が大きくなったら改めて考えよう』
『将来は冬お兄様のお嫁さんになるの』
『蝶鬼が大きくなっても同じ気持ちを持っていたら、その時また言ってくれ。考えるから』
『愛しています冬お兄様』
『俺も蝶鬼のことは妹のように愛しているよ』
画面に流れる映像の冬鬼は、傍から見れば遠回しだが、はっきりと断っていると分かるものだ。
「ほら! 冬お兄様は私との結婚を考えてくれるって! 愛してくれているって言ってるわ!」
それでもまだ理解できない様子の蝶鬼に、周りは唖然としてしまう。
「そうよ! 冬鬼は蝶鬼ちゃんと結婚するって、愛してるって言ってるわ!」
なぜか冬鬼の母親も分かっていない様子だ。
二人の様子に、蝶鬼の両親と冬鬼の父は面食らっている。
「それに、月詠は川魚族と結婚の約束をしているじゃない!」
さらに声を上げる蝶鬼。
川魚族の彼も姿を見せる。
「確かに僕は月詠様と約束しました」
鯉族の彼は月詠を見つめた。
月詠は慌てて鯉族の彼に駆け寄る。
冬鬼が止めようと手を伸ばしたが、間に合わなかった。
「ごめんなさい、あの時は緊張していて、あなたの声が耳に入らなかったの。とにかく、返事をしなければと必死で……私、あなたに酷いことをしてしまいました。本当にごめんなさい」
月詠は必死な様子で頭を下げる。
「うん、分かってたよ。僕も悪かったんだ。君が上の空だって知っていながら、言質を取ろうとしたんだからね。紳士的じゃなかった。ごめんよ」
鯉族の男も申し訳なさそうに月詠に頭を下げた。
「そんな、私が悪いんです。頭を下げないでください」
「君こそ、頭を下げるのをやめてくれないかな」
二人して何度も頭を下げ、目が合うと笑ってしまう。
鯉族の男と月詠は握手を交わした。
「君が冬鬼様を愛して添い遂げようと言うなら、僕は身を引くよ。馬に蹴られたくはないからね」
そう微笑む彼は紳士的であった。
月詠は普通に友達になりたいと思った。
「話がまとまったようで良かったな。あまり長く手を握らないでほしい」
冬鬼の独占欲が我慢の限界だった。
月詠の手を引く。
鯉族の男はサッと身を引いた。
周りはもう、蝶鬼たちの存在は忘れたようだ。
月詠と冬鬼を明るく祝福するのだった。
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