第7話

 冬鬼は月詠の「先生」を鬼の島に招くため、公的な手紙をしたためる。

 そこには、月詠がこの島で幸せに暮らしていること、そして先生自身の意志を尊重する内容が丁寧に記されていた。


 月詠は、そんな冬鬼の真摯さに触れ、彼が自分をただの契約相手としてではなく、一人の人間として大切に思ってくれていることを改めて実感した。 


「月詠も先生に手紙を書いて同封しよう。先生も、お前からの手紙が入っていた方が安心するだろう」 


「はい!」


 月詠は冬鬼から便箋と筆を受け取り、手紙を書く。


『先生へ

鯉へ餌をあげてくれて、ありがとうございます。先生は私を助けてくださって、本当に感謝しております。しかし、私を助けたことで、先生が冷遇されていないか心配です。村八分にされていませんか?

先生が人魚島で幸せに暮らしているなら安心ですが、もし、ひどい嫌がらせなどを受けているようなら、鬼島に来ませんか? 鬼島はとても良いところです。みなさん優しくしてくれます。私なんかを人間扱いしてくれるんです。先生も来てくれたら、私は嬉しいです。』


 冬鬼は月詠が書いた手紙も封筒に入れ、自分の手紙と一緒に封をする。



「では、仕事に行ってくる。留守を頼むぞ」 


「はい、いってらっしゃいませ」


 冬鬼は月詠の肩に手を置くと、封筒を持って玄関を出て行った。

 月詠は頭を下げて見送る。


「月詠様、今日は何をなさいますか?」


「お裁縫がしたいです」 


「繕い物なら私どもが……」


 まだ使用人の仕事をしようとしているのかと、止めようとする使用人。

 月詠は首を振る。


「ハンカチに刺繍をしようかと」


 そう、照れたように言った。

 本で読んだのだ。大事な人には御守代わりに刺繍を施したハンカチを渡すと。


「まあ、冬鬼様にですか? すぐに準備いたしますね」 


 使用人は嬉しそうに裁縫セットを用意するのだった。





 職場に着いた冬鬼は、部下を呼ぶ。


「雪鬼」


「何ですか、隊長」


 雪鬼と呼ばれた男は冬鬼の幼馴染で、同じく青い髪に赤い瞳だが、彼は色白の美形だった。

 冬鬼は鬼島を守る見廻り隊の長でもある。


「俺が人魚島より嫁を貰ったのは知っているだろう?」


「まだ祝言を上げていないので、貰ったと言うのはまだ早いのでは?」


「お前は一々細かいな」


「ご愁傷様と言っておきましょう」


 やれやれと言った表情の雪鬼。

 彼は自分のタイプが鬼族の女性でグラマーなのが好みだと知られている。

 人魚族は冬鬼のタイプとはかけ離れた人種なので、雪鬼は憐れんだ目で冬鬼を見ていた。

 雪鬼もまた、人魚族の嫁を欲しがらない鬼族だった。

 冬鬼が嫌々ながら人魚島へ行く時に「お前も一緒に来い」と何度も無理強いしたが、雪鬼は本気で嫌がってついては来なかった。

 しかし、この男には相手がいない。

 今はフリーなはずだ。


「雪鬼、悪いがこの手紙を人魚島まで届けてくれ。海景先生という女性を口説いてほしい」


「何を言っているんですか?」


 雪鬼は冬鬼を睨む。


「訳あってな。彼女を島から連れ出すだけでいいんだ。しかし、人魚島の女性が島を出るためには、鬼族との婚姻しか許されないそうでな。一年でも婚姻関係を結べば、鬼島でも人魚島でも立派な婚姻関係があったと認められるはずだ。頼むよ」


 冬鬼は雪鬼に手を合わせる。


「正気ですか!?」


 雪鬼は開いた口が塞がらない。

 この人は一体何を言い出したのだろう。


「さては貴方、自分の嫁にもそう言い含めたのでしょう。倫理観が欠けています。私は友人として恥ずかしいと思いますよ」


 雪鬼は説教口調だ。


「それは……しかし、ちゃんと月詠とは契約を結んだし。お前も先生を口説けなかったら仕方ない。手ぶらで帰ってきてくれ。俺の嫁は国で冷遇されていたらしくてな、先生が仲良くしてくれたんだが、そのせいで先生が村八分にされていたらと心配しているんだよ」


 困って眉間にシワを寄せる冬鬼。


「なるほど、拾った猫が可愛すぎたと。確かに鬼族の中では、結婚した人魚を愛玩動物のように扱う者が割と多くいますからね……」


「そんなんじゃないんだが……安心して頼めるのが、お前しかいないんだよ」


「全く、仕方ないですね」


 手を掴んで必死に頼む冬鬼に、雪鬼は仕方なく折れるのだった。


「助かる!」 


 冬鬼が笑顔を見せた、その時だ。

 ビービーっと非常を知らせるアラームが鳴った。 


「何があった?」


 冬鬼はすぐに表情を険しくし、無線を取る。


『酒に酔った赤鬼が暴れていて……』


「分かった、今行く」


 冬鬼は雪鬼を伴ってすぐに現場へ直行する。

 鬼族は気が荒く、野蛮な者も多い。

 冬鬼にとっては日常茶飯事の事件だ。



 現場では赤鬼が棍棒を振り回し、暴れている。

 屋台は壊され、鳥族の店主は泣き顔である。

 可哀想に。


「こら赤鬼、静まれ」


 冬鬼は赤鬼を止め、雪鬼が腰の抜けた店主の肩を支える。

 幸い店主に怪我はない様子だ。


「離せ! お前のような美形に俺の何が解るってんだぁ!!」


 更に暴れようとするので、冬鬼は縄で赤鬼を拘束する。


「話は屯所で聞かせて貰う」


 そう言うと、冬鬼は赤鬼を引っ張って行くのだった。



 鬼族の中でも人魚や他の人種の血が混ざり、容姿が美しい者と、鬼の血が濃く、醜く恐ろしい者が居る。

 この鬼は後者だ。

 おそらく、恋人に振られたか、思いを寄せていた女性に相手にされなかったかのどちらかだろう。 

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