第2話
その町には野心に燃える女がいた。
女は自室の窓からひろがる町並みを見遣ると、金にも土地にも興味が無いだなんて――本当に厄介な相手だわ。
と、口にして壁にもたれ、静かに思考を巡らせた。
彼女の名は中村彩花。
彼女にとって、区議の職など、単なる国会への足がかりに過ぎない。
戦後のまま迷路のように入り組んだ町の区画を、碁盤の目のような整然とした街並みに変える——その公約を掲げて当選した彩花は、
3年前、医師の夫と中学生の息子と共に、この町に引っ越してきた。
手柄を立て、さらなる高みへ登るためだ。
だが、その野望はたった一人の老人によって阻まれていた。
戦前から変わらずそこに住む、顔に大きな火傷跡を持つ不気味な独居老人。
口では「廃品の修理販売」と言うが、彩花にはゴミに埋もれたゴミ屋敷にしか見えなかった。
屋敷にはカラスが住み着き、軒先ではカァカァと鳴き、その不気味で真っ黒い羽を方々に散らした。
カラスはやたらと知恵がある。それは、彩花の祖母が彼女によく語った話であり、
大人になった今でも、彼女の記憶に刻み付いている。
不審火は、今でこそ少なくなったが、昔は良くあった話だ。原因が分かるまで、
人魂だとか、狐火だとか、色々と云われていたが、実際、なんてことの無いカラスの仕業だった。
動物は火を怖がるモノだが、カラスは賢いから、害が無いと分かると、火の付いたロウソクを平気でくわえる。
そして茅葺き屋根の上に運んでロウを食べる。その時に茅に火が燃え移って火事になる。
その時から、寺でロウソクを持ちかえる事が決まりになった、とか。
カラスが火を操ると祖母が語った話が、彼女の頭をよぎった。
あの老人のゴミ屋敷が燃えれば、すべてが片付く――そんな考えが一瞬浮かんだ。
いけない。そんなこと考え出すなんて、どうかしている…彩花は自嘲気味に笑った。
何度も美化の面から、立退きを要請したが、
老人は莫大なゴミを所有しつつも、そのゴミは整理整頓され、まるでマス目のように置かれていた。
その在り様に、行政を動かす為には理由不足であり、彼女は途方に暮れていた。
それでも彩花は、野望のために、顔にとっておきの笑顔を貼り付けて、何度も老人宅を訪れたが、
「俺が死んでから勝手にやれ」と、ただひと言、老人は口にするだけだった。
愛想のないその態度に、彩花の焦りは増すばかりであった。
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